おれの天使は君しかいない
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ぽかぽかと春の陽気が漂う中、いつものようにわだつみに昼寝をしに来ていた栗毛の少年は、緑豊かな木々に囲まれた湖の辺(ほとり)に座り込みよく晴れた空を見上げていた。
「今日もいい天気だなぁ。あの人の髪の色と同じ色をした青空が眩しい……」
何のノロケか、少年は赤い瞳を細めて片手を太陽にかざしそんなことを呟いていた。
「あっれ? こないだ来た新米の兵士くんじゃん。こんなとこで何やってるの、君わ」
そこへひょっこりとやってきたセーラー服姿の栗色の髪の少女が、少年の姿を見つけてそう話し掛けた。
少年はよく通る少女の声を耳にし驚いて立ち上がった。
「わっ! あゆさんっ!? いきなり話し掛けないでくださいよ〜 姫様かと思ったぁ……」
「失礼ね。ぼけっとしてた君が悪いんでしょ。こんなとこでお稽古サボってていいのかな? 騎士団長さんにまた叱られちゃうよ」
あゆは大袈裟にびくついてみせる栗毛の少年にやれやれと肩を竦め、少しだけ意地悪なことを言った。
それから少しした頃、少年のとなりにちょこんと腰掛けあゆはぼんやりと湖を見ていた。
それから少しの沈黙を保った後、それを破ったのは隣に座っていた少年の方であった。
「はぁ〜 いいですよね、あゆさんは。ほぼ四六時中セオール様と一緒にいられて……おれなんか、お姿をお見かけして近付こうものならいきなり風の聖剣(エクスカリバー)が飛んできたりするから、お話すらままならなくて……」
かっくりと肩を落とし、彼は大きなため息とともにそんな愚痴にも似た言葉を口にした。
「あ―‥。あのねぇ、ニコラスくん? 何度も説明されてると思うけどさ……ああ見えてセオくんは男の子なんだよ?」
「……信じませんよ、そんなの。おれの目にはあの方は女の子にしか見えませんもん。清楚可憐でとても優しくて、まさにおれの天使……今日のあの空の色も、セオール様の世界一美しい髪の色をあらわしているようで……」
ほぅ、と感嘆の息を漏らし一人の世界に再び浸る。
「………」
(……重症だよ、この子……。そんなこと言ってると、また刻まれちゃうんじゃないのかなぁ)
ニコラスのノロケどころかあほすぎるそんな言葉に、あゆは苦笑いを浮かべてこれ以上の説明をする気すらも削がれてしまった。
その刹那、
ずごっ
突如少女の真横でとてつもなく鈍い音が響いた。
「このくされ新人がっ! 貴様の目は何処まで節穴だ!? 潰していいか、あ゛!!?」
ぐりぐり。
ぐりぐりぐり。
「あぁあ〜っ やめて下さいぃ〜!!」
風色の髪を持つ金色の瞳の少年魔道士は、いつの間にその場に現れたのか……眉間にしわを寄せ青筋をいくつも立てながら、ものすごい形相でニコラスの頭を踏み付けていたのだった。
「……」
(てか、どこが天使? 君の目、相当腐ってると思うんだけど……)
そんな二人の少年のやり取りを傍観しながら、あゆは苦笑いを浮かべるしか出来なかった。