素直でない君の、そんな一面
太陽がさんさんと輝く午後の中庭――。
腰に練習用の大剣を携え、稽古の邪魔にならぬように腰まである長い髪をポニーテールに結い上げた一人の少年が、この先の離れにある騎士団訓練施設に向かって歩いていた。
少年の名はルーカス=ネオグランド。現在は騎士団において剣士見習いとしてハードな稽古に日々追われている、“シャーロムの三強”と噂される現役魔道士長の息子である。
時折吹き抜ける初夏の生暖かい風が、中庭を闊歩するルーカスの髪を揺らした。
サクサクと響いてくる足元を彩る芝生を踏む音が、何とも耳に心地好い。
このまま芝生に寝転がったら気持ちいいかなぁ――などと、思考をめぐらせて明るい空を仰いだ時だった。
「舞い踊れ、光の精霊。んと、こうかな? えっと……蛍火の灯(ルミナライト)」
ふいに、聞き覚えのある幼い少年の声が聞こえた。
「?」
怪訝に思い声がした方を見遣ると、中庭の片隅に設けられたカフェテラスにいる黒っぽい薄手のポンチョをまとった淡い水色の髪をした、ルーカスがよく知る幼なじみの少年の姿が視界に入った。
「セオール?」
思わず立ち止まり、声をかけた。
しかしその途端――
ポポ、
ポッ
ポフンッ
セオールの指先からゆらゆらと現れはじめていた小さな光の欠片たちが、音をたてて一瞬にして掻き消されてしまったのだった。
「あぁっ? ネオの馬鹿! 消えたじゃないかっ」
丸テーブルの上に広げていた魔道書らしき書物をバンッと力の限り叩き閉じ
立ち上がったセオールは、ルーカスの方を一瞥してそんな文句を口にしていた。
「ご、ごめん。お前がここにいるなんて珍しいから……何やってたんだ?」
「見てわかるだろ、魔法の練習。……光の魔法は苦手だから、こっそりカーティスに知られないようにと思ってたのに……」
ムッとした顔でこちらを睨みながら、セオールは答える。
「何で? ウィプルス(光)とジェード(闇)は特殊だから、他の精霊と違ってちゃんと“契約”しないと使い熟せないだろ」
「……俺は“契約”しなくても自在に魔法が使えるようになりたいんだ。聖力と魔力の併用が可能なアークエイル家の特殊血統は、色々と利用出来るだろ?」
「お前、またそんなうちの親父を泣かせるようなこと……」
その年頃の子供らしくない幼なじみの少年の言動に脱力感を隠しきれないルーカスは、そう言って半ばひきつったような笑みを浮かべていた。
「……ネオ。お前、そんなだからいつまで経ってもあのバカ親父から自分の剣を貰えないんだよ。そっちこそ、相性のいい精霊は特定できたのか?」
「っ、」
唐突にガツンと、胸の奥に鉛を落とされた気がした。
自分よりも年下の幼なじみ。
昔は兄弟のように仲がよくて、いつも寄り添っていたような気がする。
しかし三年ほど前、同期に宮廷に上がってからはそれはほとんどなくなっていた。
それぞれの立場上、一緒の時間を過ごすことも少なくなったと思う。
「……」
「……」
少しの間の沈黙が妙に苦しいと感じた。
――しかし、それは刹那の出来事。
ごすっ
何かがルーカスの顔面に減り込み、その瞬間目の前で光が弾けた。
「っ、い゛っ!?」
「ばぁか。何本気で落ち込んでるのさ? らしくなさすぎて、気持ち悪いんだけど」
殺人兵器とまではいかないが、分厚い装丁の魔道書を片手にじと目でこちらを見つめる少年は、小さなため息をつきながらそう言った。
「おまっ 人が本気で傷付いたってのに……魔道書は大切に扱うものだろ!」
自らの顔面に投げつけられた魔道書を手に取り、不敵に微笑むセオールに抗議する。
「……何の努力もしないで勝手に落ち込むな、馬鹿。才能がないわけじゃないんだろ、あのバカ親父が珍しく熱心に稽古をつけてるんだから」
微かに聞こえた、ポソリと口元で呟くように紡がれた言葉。
テーブルに置かれていた魔道書を抱えてカフェテラスを後にしようとしたセオールは、そこに立ち尽くしていたルーカスの横を通り過ぎようとした時
「それ、やる。実家の書斎にあった魔道書から使えそうなものを抜粋して基本的な魔法をまとめたやつだ。俺はもう要らないからお前にやる。少しは勉強しろ」
そう言ってまた彼はくすりと微笑んでみせたのだった。
自分より年下の幼なじみ。まだほんの小さな子供だと思っていた。
今年の春先に、この国の唯一の王位継承権を持つ王子が戴冠式の前夜に行方をくらましたばかりだった。
それからまだ、ほんの二月ほどしか経過していないのに――
中庭を後に、そのまま宮廷に入っていく魔道士見習いの幼なじみの少年の背中は頼りなくて小さなものだったけれど。
“頑張れ”
そう、励まされた気がした。