CASABLANCA1
白銀の世界が広がる公園に一人の少女の影が揺らめく。
少女の住む町に雪が降るのはとても珍しいことだった。
今年は暖冬になるだろうと、秋頃に流れたテレビのニュースで言っていたはずなのだが……
何分、ニュースで流れる天気予報などはあまり信用はならない。
その前も、今年の夏は冷夏だと流れたニュースも当たってはいなかった。
さく、さく、さく。
地面に積もった雪が心地のよい音を立て、寒そうに手をさすりながら歩く少女の息が冷たい空気にさらされて白く空を舞った。
「……クリスマスに降って欲しかったなぁ。今日はたつ兄たちと初詣に行く約束なのに……」
はあっと手袋の上から息をはきかけて、少女は薄暗い灰色に染まった空を仰いだ。
冷たい風が一瞬だけ吹き、ニット帽から覗く少女の栗色の髪を揺らした。
それから少し元旦の朝のひんやりとした空気を感じながら公園を抜けた少女は、隣の家に住む幼なじみの兄弟の家へと急いだ。
公園を抜けて少し街中から外れた団地の路地を歩いて行くと、その奥ばった一角には一戸建ての建ち並ぶ住宅地がある。
少女の住む家は、赤茶色い煉瓦造りのどこかメルヘンチックな雰囲気の家だ。母親が少し前からガーデニングにこりはじめて、今では季節毎に違った花たちを堪能出来るほどになっていた。
そして、
その隣に建つ幼なじみの兄弟が住む家は、白い壁のとても清楚な雰囲気を持った大きな家だった。
これは設計した人の趣味なのか、一部の窓にはステンドグラスが使われていて、太陽の光にあてられると不思議な色に輝く仕掛けが施されていた。
ピンポーン。
インターホンの音が静かな団地内に響く。
少しの間を置いてから、廊下をぱたぱたと歩く足音が聞こえてすぐにその扉は開かれた。
「冬子(とうこ)さん、明けましておめでとう〜」
少女は開かれた玄関のドアから出てきた三十代前半程の背の高い女性に、元気良く挨拶をする。
「あらあら、まぁまぁ。明けましておめでとう、あゆちゃん」
冬子と呼ばれた女性は少し驚いたように少女の名前を呼び、すぐににこりと微笑んでそう返事を返した。
「たつ兄と聡(さとい)は?」
「たっちゃんはもう起きているんだけれど……困った子よね。さぁちゃん、まだ寝ているのよ」
冬子はそう答えて微苦笑を漏らす。あゆはしばらくうーんと何かを考え込むように唸ると、
「よし。ちょっとお邪魔しまーす! 聡の部屋、たつ兄の部屋の向かいだよね? あたし、起こしてくる〜」
そう言って何か悪戯を思い付いたかのような無邪気な笑みを浮かべると、おもむろに靴を脱ぎ捨てて玄関のすぐ側にある階段を、ドタバタとのぼって行ったのだった。
「……母さん、誰か来たの? すごい勢いで階段をのぼる音が聞こえたけど……」
リビングの扉が開き、少年が姿を見せた。
少し赤茶けたさらさらの髪の、十代半ばほどの小柄な少年。
冬子は玄関のドアを静かに閉めると、微苦笑を浮かべ階段を見上げていた。
「うふふ。お隣りのあゆちゃんよ……さぁちゃんを起こしてくるって。いつも元気ねぇ、あの子」
くすくすと楽しそうに笑いながらそう言って、彼女はリビングに戻って行った。