星の時計台 | ナノ
Holly Snow Moon1


真冬の夜空を見上げ、帝国総出で開催されている“聖夜祭(せいやさい)”を抜け出した少女は、わだつみの湖の畔(ほとり)に立っていた。


「はぁ……やっぱり、冬は何処に居ても寒いなぁ……」

凍える両手を口元にあて息を吹きかけるが、冷えた手の平があたたまることはない。
冷たい風が吹き、少女が羽織っている白いファーつきの真っ赤なポンチョがさらさらと揺れた。

「だけど、空気が澄んでいるからなんだろうな……月も星もすごく綺麗に見えるよ」

白銀に輝く満月と、宝石箱を散らかしたような星空に向かい少女はぽつりと呟く。

遠くの方から微かな喧騒が聞こえてはくるものの、普段からあまり人気のないわだつみは穏やかな静寂を保っていた。
かがんで足元に広がる湖の水面を覗き込むと、癖のある栗色の髪と夜の闇の色に酷似した大きな瞳を持つ、浮かない顔をしている少女の姿が映った。

(――‥なっさけない顔……せっかくのお祭りなのに、こんなんじゃ皆に心配かけちゃうだけじゃん……)


ぱしゃん!

水鏡に映った自らの顔を殴るように少女は右手を伸ばして水面を叩く。
だが湖の水はそんな彼女の行動にただ波紋を描くだけで、すぐにゆるゆると同じように少女の姿を反映させるだけであった。

「……つめた……」

自らがおこした行動の結果に相違ないとわかっていても、飛び散った水しぶきを浴びた彼女はついそんな文句を口にする。






『――当たり前だよ。今は真冬なんだから……』

ふいに何処からかそんな声が聞こえた。




「? 誰……!?」

ハッとした栗色の髪の少女は驚いてあたりをキョロキョロと見渡した。



『何処を見てるのさ? こっちだよ……君の、目の前……』

「えっ!?」

湖の水面に月の光が落ちていた。
ふわりふわりと雪のような結晶が空中を舞っていく。
そろりと声が聞こえた方向――目の前に広がる湖の中央に視線を戻すと、そこには虹色の毛並みの小さなフェレットほどの大きさの獣が羽をはためかせて浮かんでいた。




「え、ニナ……ちゃん?」

少女はそんな虹色の小動物の姿を認め、覚えのある名前を口にしたが


『違うよ。ボクは“ミゥル”……月の聖獣だよ』

バサッと小さな羽をはばたかせてそのミゥルと名乗った虹色の獣は少女の肩に舞い降りる。



『……どうしたんだい、あゆ? いつも元気な君を知っているけれど、
今夜はとても浮かない顔だね』

囁かれた言葉が鈴音のようにリィン…と、少女の耳に響いた。



「あたし、の名前を……知っているの?」

初めて見るはずのミゥルと言う名の虹色の獣が自分の名前を知っていたことにあゆは驚いて目を見張る。


『ふふっ ルミナリスがいつも気にしているからね。元気な君の笑顔が大好きなんだって』

「? ルミナリス……」

『ボクの主。月の神ルミナリス』

闇色の瞳を瞬かせ初めて聞く名前を復唱したあゆに、ミゥルは淡白にそう答えたのだった。

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