星の時計台 | ナノ
パパの日に花束を


とある良く晴れた日の昼下がり。

宮廷の中庭に設けられたカフェテラスで二人の少年と少女が白い丸テーブルを囲って楽しそうにお喋りをしていた。
時折響く軽やかな笑い声と中庭を吹き抜けていく初夏の陽気を含んだ風が、緩やかに穏やかな時間を包み込んでいる。



「ねぇ。ここではどうなのか知らないけど……暦だけ考えると、もうすぐ“父の日”だよね」

女官(レイラ)に用意された紅茶をすすり、テーブルに品良く並べられたケーキなどをつまみながら栗色の癖のある髪の少女はポツリと呟いた。

「あ? あぁ、そうだっけ? もうそんな季節になるのか。毎日が慌ただし過ぎて、そんなん考えてる暇とかなかったよな〜」

少女の向かいに座り、紅茶の中にミルクを入れながら黒い髪の紫暗色の瞳をした少年はそう答えた。
ティースプーンでゆるゆるとそれを掻き混ぜると、ダージリンの茶葉とミルクの甘い香りがほのかに宙を舞った。



「シーナはユーリさんに何かしないの? 5年もお世話になってるんだから、何かお礼をするとかさ。……まぁ ほら。一応拾ってくれたわけなんだし、お父さんみたいなもんじゃない?」

「……あのな、あゆ。それ、本人の前で言ってみ? 間違いなく殺されるぞ」

少女が何気に口にした言葉に、シーナと呼ばれた黒髪の少年は怪訝な表情でそう言った。


「うーん。あたしのいた所じゃ、パパの日にはネクタイとかタイピンとか――‥あっ 携帯用の灰皿とか便利じゃない? 後は、ユーリだったら書類の整理とか大変そうだし、万年筆とかいいかも」

半ば呆れぎみに答えるシーナを余所に、あゆは楽しそうにそんな提案をしていく。

「……おいコラ。勝手に話進めんな! つか、人の話聞けよっ」



ズビシッ



自分の話を半分以上聞いていなさそうな少女に痺れを切らし、シーナはツッコミの定番とも言えるデコピンをあゆのおでこに一発かました。


「っ、ちょ……痛ぁっ!? 今のいつもの倍くらい力込めたでしょ! シーナの乱暴者ぉ〜 こんなか弱いオトメに何てことすんのよっ」

「誰がか弱いオトメだ? お前みたいなのは“か弱い”じゃなくて“逞しい”ってゆーんだよ」

「ひどっ」

涙目になりながら赤くなったおでこをさすりあゆは微々たる言葉の抵抗をしてみせる。
しかしシーナは相変わらずの悪戯っ子のような笑みを浮かべ、そんな少女の様子を半ば楽しそうに見つめていた。


この不毛なのか? 漫才なのか? 端から見れば微笑ましいのかは別として、そんな少年と少女のやり取りはしばらくの間続くのだった。












***


「なぁ、ユーリ」

例の如くあゆと“父の日”についてのティータイムを経たその日の晩のこと。

シーナは、執務机に向かい山積みにされた書類を素早く処理していく金髪碧眼の青年に声を掛けた。

広い豪勢な部屋の片隅、紫暗の夜空に浮かぶ銀色の月明かりが差し込むベランダへと続く大きな窓のそばに青年の執務机は設置されていた。
広大な自然に囲われたシャーロム帝国の第一王子、ユリシス=レイ=ミスティ。
彼は5年前、記憶を無くして路頭に迷っていたシーナを拾い救ってくれた恩人でもあった。


「何だい、シーナ?」

ユリシスは手にしていた羽ペンをそっと置き、いつものように穏やかな笑顔を湛えながら声を掛けてきた少年に視線を向ける。
シーナはユリシスの執務机のそばに椅子を持って来、椅子の背に向かってまたがるとそこに退屈そうに両腕を掛けて座っていた。


「うん。あのさ……今日あゆとも話してたんだけど、今なんか欲しいもんとかあったりするか?」

歯切れが悪そうな様子でシーナはおもむろにそう切り出した。
ユリシスは一瞬だけ怪訝な表情をして

「……話がよくわからないけれど、唐突に何を言い出すんだい。私の誕生日はまだ先だよ?」

そう答えてじっとシーナを見据える。


「あー…いや、まぁ、誕生日のとかじゃねぇんだけどさ。もう6月だろ? 父の日‥――じゃなくて。ほらっ 今まで散々世話になってるし、ここいらで感謝の気持ちを込めてだな……」

つい出た言葉を訂正しつつ、シーナはまごまごと口元で呟くようにそう言葉を繋げた。

だがその瞬間――。

少年が口にした一部の単語に、ピシャリと空気が冷たく揺らぐのを感じた。







「……ねぇ、シーナ? 今、何て言ったのかな」

口調は穏やかだが、明らかに何か戦慄じみた雰囲気を醸し出すユリシスの声が、寝室の空気を氷のように冷たくしていた。




「いや、だからっ 父の日はともかく! 日頃の感謝の気持ちをだな……」

慌て椅子から立ち上がったシーナは、焦りを含みながら言い訳のように死語とも言うべき同じ言葉をまた口にしてしまった。


「あのね、シーナ。私はお前のような大きな子供を持った覚えはないよ? ……全く、失礼な子だね。お前は私をいくつだと思っているんだい!?」



(あぁあ゛〜 俺の阿呆! つか、あゆのバカヤロー!!)

「いや、そんなつもりで言ったんじゃなくて! 落ち着け、ユーリっ!!」


頭を掻き乱しながら言い訳をしようとする少年の声が、静かだった月夜の寝室にこだましていた。













後日。

そんな失礼なことをユリシスに提案した情報屋の少年は、減俸までには至らなかったものの“罰”と称して上司でもある彼に今までの3倍以上ではないかと思われる仕事量を与えられ、一月ばかりの間自由を奪われたと言う。

そしてそんな余計な知識をシーナに教えてしまったとして、あゆにも同じく何らかの“罰”が与えられたのだった。







「お前のせいだぞ! どうすんだよ、この殺人的な書類の量と資料整理の山!? 俺一人じゃどーにもなんねぇよっ 手伝え、この馬鹿!!」

書庫とは違うとある部屋の片隅に置かれた机に山と積み上げられた紙の束たちを指差し、言葉を荒げたシーナは隣に立つ少女に向かって文句を口にした。

「はぁ? 何で!? あたしだってアンタのとばっちり喰らったクチなのよ? まさか、ホントにユーリに言っちゃうなんて……シーナってば、どんだけ直球なのよっ!!?」

あゆは先に手渡されたらしい分厚い装丁の本を数冊その腕に抱え、脇に佇む同年代の少年に半ば呆れながら答えを返した。

その後も何度かそんな言い合いをしつつ、与えられた仕事と言う名の“罰”をこなしていく二人の少年と少女の声が、作業をするために用意された部屋の中にいつまでも響き渡るのだった。

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