月の雫 | ナノ

王子の帰還1



砂漠のように荒れた街道を、軽装の旅装束を身に纏い首元に巻かれたマフラーのような薄手の布を靡かせながら青年は歩いていた。
肩には見事な毛並みをした小さなフェレットほどの大きさの、純白の羽を持った獣を従えている。
青年の美しい金色の髪が、初夏の生暖かい風にさらされて緩やかに揺れていた。



「数年ぶりだな。シャーロムに戻ってくるのも……」

そう呟いて、青年は晴れ渡った青い空を見上げた。さんさんと輝く太陽を眩しそうに見つめて碧色の瞳を細める。
青年が肩に従えた白い獣は、そんな彼に擦り寄って小さく鳴いていた。

「……ふふ。どうしたんだい? らしくないね、そんな風に鳴くなんて……」

そう言って、青年は擦り寄ってきた小さな白い獣の頭を優しく撫でてやる。その様子は昔話によく出てくるような高貴な王族さながらに、優雅で知的な姿であった。



「さて、少し急いで行こうか。最近は街道も物騒だからね……最も、街に入ってもあまり安全とは言えないかな……?」

静かにそう言って、青年は腰に携えていた愛剣の柄に手を掛けた。






「――‥シャーロム帝国の第一王子、ユリシス=レイ=ミスティだな?」

背後から声をかけられ、ユリシスと呼ばれた金髪碧眼の青年は静かにゆっくりと振り返った。


「……随分と無粋な真似をしてくれるね。本当に……これほどまでに物騒な世の中になっているなんて、街の警備も見直す必要がありそうだ」

穏やかな容姿に微かな殺気を宿して、皮肉な口調でユリシスはそう呟いた。
振り返った先に立っていたのは、頭からすっぽりと黒いローブのようなものを纏った三十前後のわりと体格の良さそうな男であった。


「ふん。噂に違わぬ実力の持ち主と見える……成る程、確かに貴方は厄介な存在だ」


「……目的は私の命か。だが、そう簡単にくれてやるわけにはいかないよ?」

ユリシスは不敵な笑みを浮かべてそらすことなく真っ直ぐに男の茶色の瞳を見据える。
そうして手を掛けた腰の剣をすらりと抜き放った。



「簡単に貴方の命を奪えるとは思っていない。お手合わせ願いましょうか? ユリシス王子」

男はそう言って自らも背中に抱えていた大剣を抜く。
彼は、口元で微かに言葉を紡ぎながら自らの身長と同じくらいの大きさとも言える大剣を、前に構え直した。



『――‥闇の誓約のもとに 汝の力の源を呼び覚ます……その、大いなる災いを持って 我に抗う者に制裁を下さん』



男の影からくすんだ金色の光が沸き上がった。それは円を描くようにして、男の体格のよい体を包みしゅるりと魔法陣のようなものを地面に描き出した。


「その呪文(タントラ)……アサシン・ギルドの関係者だな?」


「……ふっ。ユリシス王子、その首貰い受けるぞ! ――‥大地の激震(サンド・クラッシュ)!!」




ドオォ…ンッ




地面を奮い立たせ、耳に痛いけたたましい轟音が鳴り響いた。
ユリシスは繰り出された魔法を咄嗟に張り巡らせた光の結界魔法で相殺させ、後には視界が霞むほどの土煙が蔓延していた。


「……ふ、やはり一筋縄ではいかないか……」

男はひきつったように口元を歪めると、また再び小さく何かの呪文を唱えはじめる。
ユリシスは怪訝な面持ちで男の呟く声に意識を集中させながら、次の一手を待っていた。



ビクンッ



突如、自らの肩の上で待機していた白い獣が体を震わせた。それを感じ取った彼は、一瞬だけ男から意識をそらしてその小さな体に触れようとした。

だが、その時――

どす黒い煙のようなものが白獣を搦め捕った。



「っニナ!?」

『きゅぅっ!』

小さなうめき声をあげてニナと呼ばれた白獣の肢体が浮かび上がる。ユリシスは驚いて目を見張り、とっさに離れていく彼女の体に腕を伸ばした。


『……きゅぅん、くぅっ……!』

「!?」


ビキビキッ


そして骨が砕けるような悲痛な音と共に、小さな白獣――ニナは、その一瞬のうちに意識を手放して土煙が蔓延していた地面へと落とされてしまったのだった。



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