月の雫 | ナノ

はじまりの神殿



大理石で囲われた薄暗い神殿。

壁に灯された蝋燭の火がゆらゆらと床を照らし、あやしく揺れていた。
中央に位置する祭壇には白い布がかけられその向こうには石彫りの女神像が飾られている。
そしてその祭壇の傍に長身の男と小柄な少年が立っていた。
軽装の鎧をまとい、肩口まで伸びている淡い紫色の髪が男の整った面立ちに妙に似合っていた。
年令はおおよそ二十歳前半くらいであろう。
男の背中に翻されたマントは深い緑色をしていた。



「……お前の方から俺を呼び付けるなんて、めずらしい事もあるもんだな」

鎧の男が皮肉めいた口調でそう言った。
男の前に立ち、可愛らしい容姿には不似合いな鋭い光を宿した少年の瞳がそんな男の軽薄そうな顔を睨んでいたが、それを気にする様子もなく男は少年の纏う黒いローブに手をかけた。


「!」


一瞬少年は驚いた表情をしたが、間もなくその腰を引き寄せられ男の胸に抱きすくめられてしまった。



「……なっ、何のつもりだ!?」


「ん? 何って、やっとその気になってくれたんだろ? こんな神聖な女神様の御前に俺を呼び付けるなんて、お前って結構ダイタンなやつだったんだな」


男の甘い声が、少年の耳元をかすめる。


「……キサマ、何を勘違いしている」


少年がわなわなと肩を震わせ、男の胸に腕を押し当ててどすの効いた声でうなった。

「なんだ、違うのか?」

「――…っ! このっ、ヘンタイ魔法剣士が!! そんなくだらない理由でこの俺がキサマを呼び付けるか!」


少年は男の腕の中で身悶えながらそう叫ぶと、今度は力一杯男の胸を押し退けてその腕を解き後ろへと退いた。


「やれやれ。相変わらず冗談が通じないやつだな」


男は肩をすくめながらそう言った後、真面目な顔つきになって少年の不機嫌そうな表情を伺っていた。


「……それで? 何か用があって俺を呼んだんだろう」


しばしの間を置き鎧の男が少年に語りかける。


「単刀直入に言う。今朝早くに姫が宮廷を出てから今だに帰ってないんだ……」


男から視線をそらしその瞳を伏せて少年は言った。


「……外は日が傾きかけているのに、か? 姫が一人で出歩かれるのはいつもの事だが……お前は彼女の教育係だろう。何をやっているんだ!?」


男が焦りを含んだ表情で少年を叱咤するが、少年はそれに答えなかった。



「ともかく陛下に報告しなけりゃ――あ、いや。捜索隊を依頼するのが先か」


女神像の前をウロウロしながら、男はぶつぶつと独り言を呟いている。
少年は黙ったままそんな男の様子を見ていた。




広い大理石の床に蝋燭で照らされた二人の影が揺れ、静寂に包まれた神殿に男の足音が響き渡っていた。



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