流れる砂の国1
見渡せば何処までも続く砂漠。 宝石を散りばめたような星空に浮かぶ銀色の満月が、白銀に輝く砂の海を優しく照らし出していた。
昼間は灼熱地獄。しかし、一日を終えて夜になると肌が凍てつくほどに冷たい空気が漂う――。
それが “砂漠の国”と呼ばれる砂の王国の特徴であった。
リューシアナ大陸の東側を統治する国、ラザック。 それほど大きな国ではないが、現在の国王の人柄を表すような平和で穏やかな雰囲気を持ち 砂漠のオアシスと謳われる城下の街は朝も昼も夜も人々で賑わい、活気に満ちあふれていた。
とっぷりと日も暮れて、肌をさすような冷たい風が吹き荒れる。
寝室の窓を開け放ち、少女はバルコニーに出ていた。桃色の緩やかなウェーブのかかったやわらかそうな髪を揺らして淡い水色のシルクのドレスローブを身にまとい、その肩には防寒用のストールを軽く羽織っている。 歳の頃は十七、八歳。バルコニーから一望出来る城下の街を見つめる瞳の色は薄い茶色をしていた。
「今夜も城下は賑やかね」
ベージュ色の煉瓦で作られた手摺りから体を乗り出して眼下の街の明かりに瞳を細め、くすりと微笑みながら少女は呟いた。 真夜中だと言うのに休まることを知らず、城下の街はいつまでも明るい。所々に松明の火が上がっているようにも見え わやわやとした街の喧騒が、今にも聞こえてくるようだった。
だがそんな穏やかな時間もつかの間、静寂を破るかのようにそれは唐突に壊された。
「姫様! シャーロット様!!」
突然、乱暴なまでに少女の寝室のドアが開け放たれ顔面蒼白になったひとりの女官(レイラ)がそう叫びながら飛び込んできた。
名を呼ばれた少女は驚いて振り返り、バルコニーから寝室の中に戻っていく。
「何事ですか。そんなに慌てて、一体どうしたの?」
シャーロットと呼ばれた少女は、胸を押さえて息を荒げる女官に尋ねかけた。
「たっ 大変でございます! 姫様、すぐに城を出るご準備をっ ……街が……いいえ、このラザ城に……西の軍勢が押し寄せてございます!!」
「っ!? 何故、突然……? どうして西国が我が国を攻めると言うのですか!?」
唐突に知らされた驚愕の事実に、シャーロットは困惑した。 ふるふると頭をふり、女官はただ悲愴な眼差しを向けて少女の茶色の瞳を見据えている。
そのうちに外からわあわあと騒ぎ立てる兵士たちの声が聞こえ、ハッとしてシャーロットは再びバルコニーへと出て行った。 手摺りから身を乗り出し城下の街を見ると、先程とは打って変わりあちこちに火の粉が上がっている悲惨な光景が瞳に飛び込んできたのだった。
「……何故……どうして、こんなこと……」
呆然とする少女の目の前で燃え盛る街の様子に、彼女は足元から力が抜けていく思いに駆られた。
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