崩壊の兆し
薄暗い石造りの神殿の中で、蝋燭の明かりがゆらゆらと妖しく揺れる。
灰色の床には魔法陣とおぼしき奇妙な紋様を象ったものが描かれていた。 円状に縁取られたそれらをよくよく見てみると、微かに古代文字のようなものが浮かび上がる。 その六芒星の中心に、真っ黒な魔道士風のローブをまとった人物が立っていた。
頭からすっぽりと体全体を覆い尽くすようにローブをまとっているため、その人物の風貌や髪の色などの状態はわからない。 ましてや、男なのか女なのかすら見て取ることはできない。
『――‥古来より、きたれ 古の魔神“カノン”よ 盟約に従いて、汝の御霊(みたま)を 我が肉体へ……』
静かに、ローブの人物は謳(うた)う。
呪文を唱えるようにゆっくりと微かな妖艶なる声を讃えて、彼は――いや、彼女かもしれない。
両手を横に掲げて天井を仰いだ。
そしてその声に応えるが如く、
薄暗い神殿に一筋の光が降り立ちそれは姿を露にした。
漆黒の翼をはためかせ、濃い紫の冷たい瞳と白銀髪(シルバーブロンド)を思わせるような細く長い髪が風になびく。
漆黒の羽が宙を舞った。
『我が名は、… … 魔神の末裔たる存在……正統なる“カノン”の血を引く者なり』
ローブの人物は再び口を開き言葉を紡ぎ出していく。
『契約の名のもと、汝の力を我に宿し給え……』
閃光がほとばしり、薄暗かった神殿が一瞬だけ明るくなった。 それは両手を横に掲げたローブの人物をその一瞬の光に溶かし、
漆黒の羽を持つ“魔神”は、そのまま再び薄暗くなった神殿の闇に溶けるように、消えた。
神殿内には静寂が戻り、灰色の地面に描かれていた魔法陣もすでに跡形もなく消えていた。
「……やはり儀式だけでは復活は出来ぬか。“魔神”の封印を解かねば、あの強大な力は手に入らぬ」
世界を混乱させ、闇の支配下に置くためには――
小さくそう呟いて、ローブの人物は口元を歪めかすかな嘲笑を浮かべた。
「“魔神”の封印を解く鍵となる、“封印の宝玉(レティフ・ペンデュラム)”を集めねば……」
ぽつりと口元でそう呟いてローブの人物は踵を返し歩き始めた。
壁に燈された蝋燭の灯がまた妖しく揺れ、閉められた扉の音が静かな神殿内に響き渡っていた。
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