着信


現在の時刻はAM10:00。これ以上布団の上で過ごしても仕方ない。起き上がり、濡れたまま放置して寝癖だらけになった髪の毛を手ぐしで直す。

昨日夜中に目を覚めてホテルでシャワーを浴びて直ぐに部屋を出た。少しでもここで行われた事、これからの自分から離れたかったのかもしれない。
濡れた髪もそのままにチェックアウトした和希を変に思ったかもしれない、そんなことより気になったのはホテルを出たあとぶつかった人物のことだった。

「あれ、バーナビーさんだったよね…」

でも、僕が2部ヒーローなんて知らないし、1部と2部じゃ接点もなかなかないだろうし気にしすぎなのかもしれない。でも、あんな事してるのがバレたらそれこそヒーローになんてなれない。絶対にそんなことあってはならないのだ。

ヒーローになるためにお金が必要で、お金のためにあんな事をして、それがバレたらヒーローとして終わる。

どうしてこんな事になったのだろう。これも自分への罰の一つなのか。

「イワン…」

早く君に会いたい。

君のそばに。

「っと、電話だ」

考え事をしていたら携帯がなった、登録していない電話からかかってくるなんて珍しい。大体かかってくるのはバイトからがほとんどで家賃を滞納したときに大家さんから来るくらいだ。

「はい」
「あ、高村くん?私だよ」
「社長…」

電話の主は正解と楽しそうに答えた。

「なんで僕の電話しってるんですか?」
「僕にわからない事はないよ。それより…君の新しいバイトの話だけど」
「え?バイト?」

どういうことだ?
和希は夜バーでウェイターのバイトをしていた。時給もいいし、マスターも良い人で給料を何度か前借りした時も嫌な顔一つもせずむしろ心配すらしてくれた。
新しいバイトなんてする予定なんてないはずだ。

「いやー、昨日バーナビーくんと会食だっていってたでしょ?実はアポロンメディアのCEOも一緒だったんだけど、君を1部ヒーローのトレーニングセンターで働いてもらったらどうだろうか?って言ったら快諾してくれてさあ。今日から行ってくれない?」
「えっ?」
「あそこに居たら事件が起きてもすぐ動けるしね。いいバイトだと思うんだけど」
「は、はあ…」

確かにいい話だと思う。あそこにはイワンもきっと来るだろうし、情報がいち早く来るのは魅力的だ。でも和希はこの男の手配というのが何か引っかかっていた。

「なに?いいバイトってもっと違うのを想像した??」
「なっ…!」
「エッチだねえ」
「ち、ちがいます!!」
「ま、そういう事だからお昼から頑張って働いてね」
「でも、僕っ夜働いてて…」

「ああ、それは辞めて貰うよ」
「え・・・」

辞める?

「事件が夜に君がバイト中に起こったらどうするの?」
「それは…」
「バイト中だから出動できませんなんて言わせないよ。でも、向こうも事件が起こるたびに君がいなくなったら困るよね。今、辞めるのが一番だと思うけど」

薄々は気づいていたことを言われて返す言葉も出ない。

「って言うことだから、キチンと向こうにも伝えてね。あと、もうすぐ君の家にヒーロースーツが届くから。うちのロゴが入った。それ着て明日から頑張ってね」
「えっスーツ?」

全く違う話に一瞬反応が遅れてしまった和希だが慌てて聞き返す。聞き間違いでは無ければこの電話口で含み笑いをしてるだろう男が今ヒーロースーツと。

「そ!まあ、1部のヒーローみたいに重大事件も扱わないだろうしあそこまでしっかりしたものではないけど、かと言って君がスーツを用意できることもないと思って」
「あ、ありがとうございます…」
「ふっ…自分のペットに首輪を送っただけだよ。お礼をシたいというのなら今度はもっと積極的なってくれると嬉しいな」
「っ!」

感謝の気持も最期の一言で台なしだ。

「届いたら試着してね。2着あるから、まあ、会社と自宅においてたらいいでしょ」

1部ヒーローと違い2部ヒーローにはトランスポーターがないため着替えも移動も自分で行わなければならない。そのための気遣いに和希は少しだけ男に感謝する。本当に少しだけ。

「と、このくらいかな。これ僕の携帯だから登録しといてね」
「…はい」
「すごい嫌そうだけど」
「嘘が下手ですみません」
「躾けてあげようか?」

男の声が今までの間延びした感じから、昨日の色を含んだ低い声にかわる。和希はゾクリと寒気を感じた。昨日の出来事が鮮明に蘇る。

「なーんて、僕も忙しいから毎日はさすがに無理。まあ、犯したくなったら電話するからお利口にして待っててね」
「おっ!おかっ…って、何をいって…!!」
「と言うことだから、あとで地図をおくるよ」

狼狽える和希をからかうように電話は切れた。

「最低…」

そう行って携帯を閉じて、ため息を一つ吐く。良い人なのかなって思ったけど、やっぱり怖い人だ。

―ピンポーン

「あ、ヒーロースーツかな?」

でも宅急便でおくるなんて意外に庶民派だなあと思いながらドアを開ける。

「はーい…え?」

するとそこには昨日の秘書の男が立っていた。男の手にはアタッシュケースが握られている。

「社長からスーツをお届けするように言われて参りました」
「あ、はい…。ありがとう…ございます…」
「武器も入っております。あと司法局の武器の携帯の許可証も」
「はい…」

そういうと男は去っていってしまった。まさかの人物にそのままぼーっと立ち尽くしていたが我に帰り室内へ戻る。アタッシュケースを開けると、黒いヒーロースーツやベルト、靴まで入っていた。

「着てみるか…」

和希は少しだけワクワクしながらスーツを手にとった。





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