契約
「なっ…!」
和希は目を見開いた。椅子のひじ掛けをギリッと握りしめる。
「何を言ってるんだ…!母さんは体を売ってた訳じゃない!アイツに無理矢理…っ!」
「それは君が知ってる真実。でも、司法局や世間に知られる事実は、僕が調べた真実だ。僕はそれが出来るんだよ」
顔は見えないが社長はクククと笑いながら手のひらを和希の肩から腕をなでるように滑らす。ゾワリと鳥肌が立つのを感じた。
「僕は構わない。我が社の出資を断り、君がヒーローになる道を断たれてもね。君が決めていいんだ。ヒーローになるか、諦めるか…」
そう言うと社長の合図に出て来た男が一枚の紙とペンをテーブルに置いた。
「さあ、この後バーナビー君達と会食する予定があるんだ。早く決断してくれると嬉しいんだけど」
「…バーナビー…?」
「…おっと誤解しないでくれ。彼はわが社のサポートがなくても、他の企業数社がスポンサーとしてついてるんだ。君と違ってね。どうこうしようなんて、思わないさ」
いちいち逆撫でするような言い方に自然と眉間にシワが寄る。しかしそんな表情すら社長を喜ばす材料の一つだった。
和希は視界から嫌なもの遮断するようにゆっくりと目を閉じた。
母さん、僕は母さんを間違ってると思ったことは一度もないよ。いつも僕のことを考えて、いつも僕を支えてくれた。
NEXTを発動して周りから気味悪がられた時も守ってくれたし、ヒーローになりたいって言ったら喜んでアカデミーに通わせてくれた。
でも、僕は何をしてあげれてたんだ?
そして、短い期間だったけどアカデミーで出来た大事な友達…。イワンと交わした約束。
一緒にヒーローになる。
せっかくのチャンスを、ここで無くしてしまうのか?
今までの生きる希望を無くして、どうやって生きていけるのか。
そんなの…死んだのと一緒だ…。
閉じていた目を開き、決心したように息を吐いた。
ペンを握る手は少し震え、いつもの何倍もの時間をかけて書類にサインをする。
「契約、成立だね」
社長はサインを確認すると男に紙を渡す。和希はまだ少し震えていた。
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