囁き


今シーズンのMVPはまたもやスカイハイだったらしい。
大きなビルに映しだされたヒーローを見つめる、そのはしに映る人物を見て地図がクシャリと握られた。

俺は決めたんだ。
絶対ヒーローになるって、ずっと一緒にいるって。

そのためなら、なんだってする。

どんなことだって。




「ここか…」

和希は地図に書かれたホテルの名前を確認して中に入った。ロビーには自分とは縁がないような高級なスーツやドレスに身を包んだ人たちが沢山いてすくんでしまう。
受付で今日自分をここに呼び寄せた人の名前を告げると、怪訝な顔をされながらも部屋の番号を告げられる。

こんな高級なホテルって知っていれば、自分もそれなりの格好をしたのに…。そう思いながら早歩きでエレベーターへと乗り込んだ。

「何階ですか?」
「へっ?あ、10階をお願いします」

声をかけられた人物を見て和希は驚いた。
それはさっきヒーローTVで来季から新しく活躍するというヒーローとして紹介されていたバーナビー・ブルックスJrだったからだ。
和希はまじまじとバーナビーを見る。

バーナビーは来季からのヒーローで和希も来季からヒーローとして活動することになっていた。
しかし、彼は1部で和希は2部だ。しかもその2部として活動出来るかもこれから合うスポンサーに認められればになる。

1部ヒーローは7大企業所属だが、2部はフリーなのだ。ここでスポンサーに出資して貰わなければ貧乏な和希はヒーローには成れない。

「10階ですよ」
「あ、ありがとうございます」

軽く会釈をしてエレベーターを降りて部屋を探す。

「ここか…」

部屋のナンバーを確認してゆっくりノックした。
名前を名乗る前にガチャリとドアが開けられる。無愛想な男が冷たい目でこちらを見下ろしていた。

「あ、えっと…」
「入れ、社長がお待ちだ」
「あ、はい…」

有無を言わせない男の言葉に内心びくびくしながら部屋に入る。まさか社長自ら来てくれるとは思わなかった。よくわからないがこういうものは、そういう部署の偉い人が来ると思っていたからだ。その分自分に期待されているのだろうか。和希は緊張しながら奥に進む、すると奥にスーツの男が窓際に立っていた。

「やあ、君が今回出資をお願いしてきた子?」
「は、はい!!和希・高村ともうします。今回はお忙しいなか社長自ら足を運んで下さりありがとうございます!」

背筋を伸ばし、ずっと練習してきたセリフをいう。90度に近いお辞儀をすると目の前の男はクスリと笑った。

「堅苦しいのは苦手なんだ、座ってくれるかな?」
「はい、失礼します」

ソファにかけると社長は近くにいたさっきの無愛想な男に飲み物を準備させるように告げる。

「早速なんだけど、我が社がヒーローのスポンサーになるのは初めてでね。君はどういうNEXTの持ち主なんだい?」
「トレードって自分は呼んでいるんですが、対象の人物と自分の居場所を入れ替える事が出来る能力です」
「対象の人物??」
「はい。やってみてもいいですか?」

和希が尋ねると社長は笑顔で頷いた。

「じゃあ、今から社長と自分の場所を入れ替えます」

そう言って和希の黒い瞳が僅かに青味がかりその後柔らかい青い光がテーブルを挟んだ二人を包む。

「こんな感じです」
「おお…これは素晴らしいね。手品みたいだ」
「ありがとうございます。この能力は攻撃性は無いですが、犯人と場所を入れ替えて追い詰めるのに使えると思いますし、人命救助にも有効じゃないかと思っています」
「そうだね…。うちの会社は医療関係だし、戦うより守るヒーローの方がいいなと思っていたんだ」

手応えを感じた和希は心の中でガッツポーズをする。出資まであとひと押し。

「いいところは解ったんだが、NEXTの能力は完璧ではないんだろう?例えば今日来季から活動することになったバーナビー君は発動すれば5分間身体能力が100倍になるが、それは1時間に一回しか発動できないというじゃないか」

バーナビーと言われ先程エレベーターの人間を思い浮かべる。彼はヒーローになるためにこんなことをしている人間がいるなんて思ってもいないのだろう。

「随分、お詳しいんですね」
「ああ、彼のスポンサーになる話も社内で出たからね。色々調べたんだ」
「なるほど…僕の能力の制限は、肉眼で見た人物じゃないとトレード出来ない、複数の人物の移動をするには、自分意外の人物も一緒じゃないといけないということですかね」

自分の能力のマイナスポイントを出来れば言いたくなかったが、聞かれてしまっては答えるしかない。社長は少し考えるように唸り足を組み直す。

「複数の人物ともトレード出来るのかい?」
「はい、例えば対象二人とトレードするには、こちらも二人。しかも対象物同士がどこか接触しており、こちらも僕が手を当ててもう一人と接触していなけれいけません」
「なるほど、それでトレードの時間がかかったりするのかい?」
「そうですね…集中力が必要なので、でもトレーニングでだいぶ短くなりました」

足を組み考える素振りを見せる社長と、前のめりになって話す和希の間にワイングラスが置かれた。差し出したのは先程の無口な男が慣れた手つきでグラスに赤ワインを注いでいく。

「すみません僕お酒は…」
「そんな固いこと言わないで、1杯だけ大人に付き合ってくれたらいいから」

和希はお酒が得意ではない、しかしここで断るのも出来なかった。今自分はこの眼の前の男に出資を頼んでる身なわけで、ここで社長の気を損なうわけにもいかない。嫌々ながらグラスを手に取る。

「それじゃ、乾杯」

グラスを口にするとワインの古い匂いがした。お酒はめったに飲まないし、ましてやワインなんてこれが初めてだ。味の善し悪しもわからないまま口に入れる。

「あ、あのそれで出資のお話は考えて頂きますでしょうか?」

酒が進みすぎて話も進まなかったらたまらないと思い、思い切って社長に問いかけた。社長は一瞬驚いた表情を浮かべるが薄く笑いワイングラスをテーブルに置く。

「いやあ、正直ね。ヒーローっていうからどんな屈強な人間が来るかと思ってたんだ」
「すみません…」
「こうして会ってみたらこんな若い美少年が来て、まだ驚いてる」
「びっ、美少年!?」

社長のグラスには2回目のワインが注がれる。もしかして、この人もお酒が弱いのだろうか。確かに自分は身長も170センチもいってないし、筋肉もつかない貧弱な体をしているが美少年といわれ恥ずかしい気持ちになる。
緊張と照れを誤魔化す様にワインに口をつける。

「君はお母さんに似たのかな??」

社長が笑みを浮かべながら和希に問いかけた。

「そ、ですね。よく言われてました。昔の事ですけど…」
「そうだったね、君のお母さんは数年前にお亡くなりになられたんだったね。そして、君はそれが原因でヒーローアカデミーを退学している」
「えっ、なんで…それを…?」
「こちらはスポンサーとして出資するんだ、色々調べて置かないとね」

社長とは対照的に和希の表情は氷つく。冷や汗が額にジワリと滲んだ。

「ヒーローアカデミーは全寮制だし、学費と生活費やらで大変だっただろうね。君のお母さんは素晴らしい母親だと思うよ。僕が仮に女で母親だとしても同じ事は出来ない」
「っ!!!!!」

一気に表情を険しくする和希に社長は気にする様子もなく涼しい顔で話し続ける。

「男たちに体を売るなんて、ね」
「やめろ!!母さんを馬鹿にするな!!!!」

和希は語気を荒げ立ち上がるが直ぐに、そばに居た男に抑えこまれてまた椅子へと戻される。怒りに震える瞳を見ても社長は笑みを崩さなかった。

「そんなに怒らないでくれ…。今ね、僕は君の可能性を握っているんだ。君はヒーローになりたいが、今の生活でスポンサー無しでヒーローになることは不可能だ。僕がスポンサーになればそれは解決出来る、そうだろ?」

怒りに耐えながらも和希は頷いた。社長はゆっくりと立ち上がり、優雅に和希の後ろに回る。

「母親が売女なんていうスキャンダラスなヒーローを市民は望むどろうか。いや、スポンサーが一目散に逃げていくだろうし、もしかしたら司法局は君のヒーローライセンスを剥奪するかもしれない」
「なっ…!?」
「まあ、幸運にもこのことを知っているのはここにいる3人だけだ。君が此方側の条件を飲んでくれればこのことは黙っておこう」

母さんの事がバレたらヒーローに成れない。和希は呆然とした。この話を断ればヒーローの道はもう絶たれてしまうのだ。

そうしたら、僕の夢が終わる…。僕は嘘つきになってしまう。

唯一の肉親である母親をなくした和希にはヒーローになるということしか生きる糧がないのだ。
学生時代に交わした約束。ともに誓ったこと。それが彼に残されたただひとつの夢であり、希望だった。

「…っ条件、ってなんですか…?」
「簡単なことだよ」

こつりと和希の背後にすぐ立ち肩に手を置かれる。本当は振り払いたかったが、椅子に釘で打ち付けられたようにそこから動くことはできなかった。
今までとは違う下卑た笑みを浮かべながら和希の耳元で囁かれる。

「君もお母さんの様にすればいいんだよ。僕にね」

それはまさに悪魔の囁きだった。


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