誕生日


「なんで僕たちに教えてくれなかったの?」

昼過ぎのトレーニングセンターにパオリンの声が響いた。不満そうなその声はネイサンとカリーナに向けたもののようでぷうと頬を膨らませている。

「だってあの時いなかったじゃない」
「そうよ、仕方ないわよ。強盗犯と勘違いされたりして大変だったんだから」
「それでもズルい!ね!折紙さんもそう思うでしょ?」

ネイサン達の言葉に納得出来ないパオリンは近くで手裏剣の練習をしていたイワンに話を振った。聞いていないと思っていたがこっそり聞いていたらしくぼそりと返事を返す。

「僕なんかにお祝いされてもバーナビーさんは嬉しくなんかないと思うし…」

相変わらずのネガティブさに苦笑いを浮かべながら和希はみんなにドリンクを配った。それぞれのドリンクの配合は違うが最近ようやく覚えてきたところだ。

「ありがとう和希」
「和希が作ったドリンクは本当に美味しいわね。やっぱりイケメンが作ったからかしらん」
「そんなこと。でも嬉しいです」
「ねえねえ和希はバーナビーの誕生日お祝いした?この前強盗が出た日」
「誕生日?誕生日だったんだバーナビーさん…」

ドリンクを渡しながら和希は該当する日を思い出す。確か出動要請があった頃には和希はもう家に帰ってて間に合わなかったのだ。

「そうなんだよ。みんなバーナビーの為にバースデーサプライズしたんだって!あー、僕も参加したかったなあ」
「次誰かの誕生日には必ず声かけるから。ね!」
「そうよ。機嫌なおして頂戴。そうだ、美味しいケーキ屋見つけたんだけど今度いかない?」
「えー行く行く!」

食べ物で機嫌を直すパオリンを見て和希は微笑みその場を後にした。大人に囲まれながらスレる事なく真っ直ぐなパオリンが羨ましく感じることがあった。

2部ヒーローとして正式発表になり、一段落してきたが他のヒーローを見ていても羨ましくなることが増えてきた。
市民を守りたいという気持ちはあるが、どうしてもイワンと同じ所に立ちたいというのが先にあったので自分はヒーローとして他のみんなより劣っていると思っていた。
そして一番の悩みはスポンサーと寝ているということだ。男の体なんてすぐ飽きると思っていたが思ったより和希は気に入られているらしく週に1、2度は呼び出される。セックスをする時もあれば、見たことない道具や薬を使われ見せ物のように扱われることもあった。そして、今日も呼び出されている。

ヒーローを続けるにはこれは仕方ないことだと言い聞かせるが、ストレスで食欲は無くなり体重は減り続けている。先日も虎徹から体調を気遣われた。その時は筋トレで体を絞っていると言われたがこれ以上体重が減ればそれも苦しくなるだろう。和希はロッカーでため息を吐いた。

「和希?」

声に振り向くとイワンが立っていた。心配そうにこちらに近づいてくるイワンにほんの少し心が痛む。

「あれ?イワンもう今日は上がり?」
「うん…午前中の出動の、報告書書かないといけないから」
「そっか、お疲れ様」

ため息を誤魔化す様に、ランドリーに入れるタオルや衣類を回収する。ついでにイワンのトレーニングウェアも回収しようと声を掛けようとした時ついイワンの何も身に付けていない上半身に目が言ってしまった。
他の男性ヒーローには負けるが痩身ながら均等についた筋肉。腹筋も割れている。和希は縦に薄く線が入っているくらいだ。しかも最近はあばら骨が浮いて我ながら貧相とすら思ってもいたのでイワンの体に眩しさすら覚えた。

「…和希?」
「えっ?あ、あぁ、シャツ預かるよ」

イワンのトレーニングウェアを預かりカゴの中に入れる。見とれてたなんて、男同士なのにおかしいと思われる。和希はなんとか自然に振る舞おうとするがイワンの表情は変わらなかった。

「和希、なんか悩んでるの?」
「へ?別に、何もないけど」

イワンは擬態の為に普段から周囲の人物を良く観察している。心配そうな顔を浮かべるイワンの眉が悲しそうに下がった。

「僕…そんな頼りない?」
「え?」
「そりゃ和希よりはしっかりはしてないかもだけど、ちょっとは頼ってよ…」
「イワン…」

マイナス思考なイワンは和希が話さないのは自分が頼りないからだと誤解してるらしい。和希の悩みは例え神の前でも言えないのだ。しかし、そんなことを知るはずもなくイワンはタオルを握りしめている。

「いや、あの…」
「いいんだよ。無理に言って欲しくないし。ただ不甲斐なくて…ごめん…」
「い、家がさ!」

和希はもうひとつの悩みを話すことにした。イワンは顔を上げて和希の言葉を待つ。

「家が遠くてさ、出動要請に間に合わなかったりするから困ったなーって思ってて!」
「間に合わなかったってこの前のバーナビーさんの誕生日の?」
「そう、それ!」

勢いよく頷く和希にイワンは「そっか…」と考え込む。もうひとつの悩みに比べたら微々たる悩みだ。自分の中でも結論は出ている。
引っ越せば良いのだ。

イワンも同じ解決方法を提案してくるだろう。それに「うん」と頷けばこの会話は終了する。今後悩んでいると勘繰られても「いい物件が見つからない」で誤魔化せる。和希は我ながら上手いこといったと思っていた。

「僕の家に住めば?」
「うん。…って、ええ?」
「うん。どうかな?」
「いや、どうかなって…」

予想と違うイワンの言葉に和希は焦った。

「悪いから…いいよ」
「和希ならいいよ!」
「いや、だって」
「和希の作る日本食食べたいし」

そこか。

学生時代寮生活の間何度か料理を振る舞ったことがあるが、まだイワンは覚えていてくれたらしい。嬉しいが一緒に住むとなると、夜中呼ばれた時なんと対応していいか解らない。

「あ、ごめん…。迷惑だったよね…。ごめん…僕和希の力に成りたくてそれで…ごめん…」
「あー、違う。違うんだイワン」

俯きネガティブオーラを発するイワンに和希は困り果てた。
こうなったイワンの扱いは難しい。

「解った」
「え…?」
「引っ越す家が決まるまでイワンのところにお邪魔するよ」
「本当…?」
「うん。あ、ほら会社戻るんでしょ?」

和希の言葉にイワンは時計を見て慌てた様子で服を着替え始めた。

「あっじゃあ今日の夜メールする!」
「解った」


[comment]
TOP