交渉しよう


ヒーローちゃんねるで和希の話題が出てから数日、和希のヒーロー活動にも多少の変化が現れた。和希の主な役割は避難誘導だが、和希の誘導に従う人と和希を見る為にわざわざ安全な誘導先から見に来る人間が出てきたのだ。見に来た人間は写真やムービーを撮る。こう言った写真やムービーは掲示板や動画投稿サイトを通じて瞬く間に広がり、出動毎に問題になった。
今回の出動もなんとか無事に終わり、タイガー&バーナビーのトランスポーターに乗せてもらいアニエスの元へと向かう。

「アニエスさん…もう限界ですよ。これ以上は僕が原因で逆に怪我人が出そうで怖いです…」
「そんな弱気でどうするのよ」
「でも…っ」
「僕からもお願いします」

首を縦に振ろうとしないアニエスに再度頼もうとしたが、その声は意外な人物によって遮られた。

「バーナビーさん…」
「これ以上和希さんの事を隠すのは危険です」
「今はまだバーナビーの話題の熱が冷めてないの。そんな勿体ないこと出来ないわ」
「僕の話題なんて僕が活躍する限り冷めないですよ」

バーナビーはテレビで見せるような自信に満ちた笑みをアニエスに向ける。間近で見るとその威力というのは絶大で説得力も増す気がした。現にアニエスは押され言葉を返せないようだ。

「それに、和希さんの生写真が非公式に販売されています」
「え!?」

初めて知る事実に和希は声を上げた。確かに写真を撮られていることは分かっていたがそれが売られてるとは思わなかった。

「和希さんは他のヒーローと違い事件の出動でした市民達は見ることが出来ないので希少なんですよ。オークションでも僕やスカイハイさんより高値で落札されてます」
「うそ…」
「僕らはイベントや取材で露出が多いですからね。数が少ない和希さんの方がヒーローマニアには受けるんでしょう」

そんなまさか。和希は驚きで言葉も出ない。アニエスもそこまで把握出来ていなかったらしく脚を組み直し考え込んだ。

「そうね…じゃあ今週会議にかけるわ…」
「あ、ありがとうございます!」
和希はアニエスに向かって深々と頭を下げる。アニエスは小さくため息を吐いた。

「もし公表したら、避難指示だけじゃなくてもっと仕事ふえるわよ?」
「大丈夫ですよ。ですよね?」
「は、はい!もうちょっと慣れて来ましたし」
「そう、なら良いわ」

アニエスの元を去りバーナビーと共にアポロンメディアの廊下を歩く。大企業だけあって人が沢山いる。和希ははぐれてしまわないようにバーナビーの後をついていった。

「あ、あの」
「なんです?」
「あの、ありがとうございます。アニエスさんに口添えしてくれて…」
「ああ…彼女は視聴率の為だとなると少し強引ですからね」

バーナビーの歩幅に合わせるために少しはや歩きになる。歩き方も綺麗だと感心している余裕はなかった。

「もし」
「…?」
「もし、正式に発表したら。もっと頑張らないといけませんねっ」

沈黙が気まずくて当たり障りのない話をする。バーナビーの歩調が少し緩やかになった気がした。

「頑張ってますよ。あなたは」
「へ…?」

まさかのバーナビーの言葉に一瞬立ち止まりそうになった。このスーパールーキーからしたら和希のような人間など居ても居なくても変わらない存在だと思っていたがそうではないらしい。

「能力も使い方によっては犯人を捕獲する決定打になりますし、どうして2部ヒーローなんだろうって思ってるくらいですよ」
「そんな…褒めすぎですよ…」
「思ってる事を言ってるだけです」
「僕は…アシストは出来ても1人では犯人確保は出来ませんし。アカデミーも中退しちゃったので、こうして2部でもヒーローになれて嬉しいんです」
「アカデミー?」

今度はバーナビーが立ち止まって和希を振り返った。思わず和希も立ち止まる。

「アカデミーってヒーローアカデミーですか?」
「あ…はい」
「もしかして、折紙先輩と同級生とか…」
「先輩?ということはバーナビーさんもアカデミー卒業生ですか?」

和希はバーナビーがアカデミー卒業生だということを知らなかった。イワンの方が年下だが入学は早かったのか。バーナビーの方が年上なのに折紙先輩だなんて少し不思議だ。半年で中退したバーナビーとは入れ替わりだったのだろう。

「じゃあ和希さんのことも和希先輩と呼ばないといけませんね」
「なっ…やめてください!そんな…中退したんで先輩なんかそんな」
「そうですか」
「そ、そうです!」

そんなやり取りをしているうちにアポロンメディアの玄関まで来た。受付に入館証を返しバーナビーに改めて礼を言う。

「じゃあ、僕はこれで」
「ええ、ではまた明日」
「はい」

和希はジャスティスタワーに戻るべく、駅へ向かう。一人で歩きながら先ほどのバーナビーの言葉を思い出していた。




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