何気ない約束


偶然会ったイワンに近くのドラッグストアを案内してもらった和希はイワンの横を歩きながら昔を少し思い出した。短い学生時代だったが休日に外出届を出してよくイワンと街へと出かけた。まるで、あの日に戻ったような感覚に思わず気分が上がる。

「凄い助かった!ゴールドステージなんて滅多に来なかったからどこに何があるなんてさっぱりで」
「僕もジャスティスタワーとか会社の周りくらいしかわからないよ。…そういえば、和希って何処に住んでるの?」
「ブロンズステージの外れ、西の方」
「わ…、凄い遠いじゃん。車で来てるの?」
「ううん、電車だよ。徒歩含めて2時間かからないくらい?かな」
「やっぱりそのくらいかかるよね…。っていうか、怖くないの?」
「怖い?」
「あそこ治安悪くない?夜とか出歩けなさそう」

和希の住むところは治安の悪いということで有名で、薬の売人が昼間からうろつき、親も家もなくした子供達がスリの鴨を探すようなところだった。

「うーん。確かに危ないって思ったことは何度かあるけど、今のところ実害はないかな?住めば都だよ」
「そっか…」
「てか、一応腕っぷしには自信があるしね」


それに、アカデミーを中退し頼れる人も居なかった自分にとって働き口はあそこしかなかった。と心の中で呟く。母親を亡くし何もかも失いぼろ切れのように道に倒れた和希をバーのマスターは拾ってくれた。家を借りる際の保証人にもなってくれたし感謝してもたりないくらいだ。しかし、それをイワンに言うと何故アカデミーを辞めたのか問われそうで口には出さないでおく。

「イワンはどこに住んでるの?ヘリペリデスファイナンスの近く?」
「近くなのかな?シルバーステージだけど」
「わあ…。さすがヒーローは違うで御座るな」

和希が折紙サイクロンの言葉遣いを真似るとイワンが顔を少し赤くして立ち止まり振り返った。人通りが多い通りのため他の人に怪しむような視線を送られ更に赤くなる。

「もう、からかわないでよ」
「ごめんごめん。いいなあ、シルバーステージかあ」
「別に家は普通だよ」
「ね、今度遊びに行って良い?」
「…和希が日本食作るなら」
「お安い御用で御座る」

また折紙サイクロンの真似をすると今度はひじで小突かれた。買い物袋を持ってない方の手で擦りながらイワンの機嫌を窺う為に覗き込むとイワンは微笑みを浮かべていて和希も思わず顔が綻ぶ。

(そう、ずっとこうやって昔みたいに、一緒に笑いたかったんだ。)

「あ!急いでみんなのドリンク作らないと!イワン走るよ」
「ちょっ!和希そっちじゃない!」



トレーニングセンターに付く頃には二人とも汗をかいており、アントニオから「何処でトレーニングしてきたんだ」と茶化された。トレーニングセンターに滅多に来ないと聞いていたイワンは息一つ切れていない。トレーニングセンターに来てなかっただけでトレーニングはしているのだろう。真面目なイワンらしいと和希は呼吸を整えながらそう思った。

「しかし、折紙と和希は本当に友達だったんだな」
「えっ、どういうことですか?」
「いや、和希が来いって言ったから折紙来たんだろ?虎徹やスカイハイが来るように言ってもなかなか来なかったからな」
「そうなの…?」

和希は自分の後ろで見切れるイワンに問い掛けた。イワンはぎくりと肩を揺らす。

「お、恐れ多くて…!」
「なんだそりゃあ。まあ、折紙がこうして来てくれたんだ。和希お手柄だな」


アントニオとの会話もほどほどにイワンはドリンクを用意するために給湯室へと向かった。イワンが自分以外の人と接するのを初めて見た和希だったが、人見知りの性格もアカデミーと変わってないようだった。折紙サイクロンの時の言動を初めて見た時は、ネクストが擬態で日本好きということを知るまでイワンだと思わなかったくらいだ。人見知りを克服したのかと思ったが違うらしい。

「和希ー?」
「あ、虎徹さん。お疲れ様です」
「アニエスが和希は何処だ?って探してるぞ」
「アニエスさんが?すぐ行きます」

今日トレーニングしてる人数分のドリンクボトルを持って戻ると、アニエスが仁王立ちでトレーニングセンターで待っていた。

「アニエスさん」
「和希!やってくれたわねあなた」
「へっ?」
「とにかく、これを見て頂戴」

そういわれ休憩室へと連れてかれる。周りにいたヒーロー達も何の話か気になるのか和希を囲むように立つ。それについてアニエスは何も言わずノートパソコンを開き、慣れた手つきで操作を始めた。

やってくれたわねという言葉に和希は自分が何をしたのか考える。アニエスが言うのだからヒーロー関係のことで、疚しいことと言えば。

まさか。

ドクンと心臓が脈打つ音が大きくなった。昨夜のことを思い返す。まさかまさか、こんなに早くばれるなんて。
いやでも、それにしてはアニエスは怒ってるというわけでもない。そもそも和希はヒーローとして公式に発表されてはいない。では、何だろうか。

「ヒーローフリーク達のファンの間で有名なサイトがあるのは知ってる?」
「…知らないです」
「ヒーローちゃんねるっていうんだけど、あなたそこで凄い話題になってるわ」

パソコンの画面を見ながら話すアニエスの言葉も和希は聞こえないでいた。言い様の無い緊張でぎゅっと拳を握る。

「なんで話題になるんだよ」
「和希はヒーローって発表してないだろ?」
「公式にはね。…これを見てちょうだい」

アニエスは目当てのページを開いて和希達に見えるようにノートパソコンの画面を向けた。和希は画面に表示された文字に目を通す。

「えーと何々…ファントムマスクのヒーローいるくね?…って、これ」
「和希の事についてのスレッドよ。他にも色々あるわ」

虎徹がタイトルを読み上げたスレッドには今日起こった事件に現れたファントムマスクを付けたヒーローは誰だ!?と言った内容だった。

「熱狂的なヒーローマニア達があなたの正体を知りたがってるみたいよ」
「僕の…?」
「前の事件から話題になってはいたのだけど、今日の事件の野次馬の中に和希の写真を撮って投稿した人がいるみたいで今日の話題はこればかり」

アニエスが話しながら画面をスクロールし、リンクをクリックするとそこにはパトカーに隠れて現場の様子を伺う和希の姿の画像が開かれた。
携帯から撮影されたせいか不鮮明な画像だが、確かに和希だ。

「狙い通りだわ」
「へ?」

画面を見るのに夢中なヒーロー達に構わずアニエスが呟く。どういうことかヒーロー達はアニエスの次の言葉を待った。アニエスは不敵な笑みを浮かべる。

「前回の事件で突如出てきた謎のヒーローに今回の写真という物的証拠が出て現場に居なかった人も和希の存在を認識しはじめている。現在の時点でヒーローちゃんねるの今日の話題は和希で持ちきりだし、局にも問い合わせが来てるわ」
「すみません、ご迷惑を…」
「迷惑??何言ってるの和希!」

アニエスの目力に和希はたじろいだ。問い合わせの対応で迷惑をかけたことに対しての謝罪だったのだが、思わず検討違いな謝罪をしたことに謝罪したくなる。

「次のヒーローTVの視聴率が和希のお陰でアップ間違い無しね」
「それって…」
「今日の中継では和希はほとんどテレビに映ってないの。和希を見たのは事件現場に居た人とこのスレッドの画像を見た人だけ。中にはこれは釣りじゃないかと疑う人も出てきてるわ」
「釣り?」
「嘘やでまかせって事です」
「あー…」

イワンが虎徹にこっそり教えてやる。アニエスは不敵な笑みを浮かべたまま和希を見る。

「ファントムマスクのヒーローは実在するのか。噂を確認するためにヒーロー好きはヒーローTVにかじりつくでしょうね」
「なるほど」
「え?じゃあどうすんだ?和希を次の回で紹介するのか?」

納得する和希を他所に虎徹は疑問をアニエスに問う。

「いいえ、和希の紹介はまだ先ね」
「なんでだよ?問い合わせも来てるんだろ?」
「人間は隠されたら知りたくなるものよ。和希の話題はまだ出たばかり、出来るだけ伸ばしてタイミングを見て和希の存在を公にする。そしてそれと同時に2部リーグヒーローを募集する。完璧だわ」
「流石アニエスさん考えてる事が違うな」

アントニオの言葉を聞いてアニエスは満足気に微笑み立ち上がる。

「ということだから和希。しばらくはサポートに徹底して頂戴」「はい」
「スポンサーにも和希の事について問い合わせが来てるみたいだけど今は何も答えないよういってあるわ」
「わかりました」
「じゃあ、仕事があるから」

そういうとアニエスは颯爽とトレーニングセンターを後にした。和希はそれを見送るとふうとため息を吐く。

「大丈夫?」
「うん、なんかアニエス凄いなあって」
「何だお前アニエスさんに気があるのか?」
「え?違いますよ!あ、ドリンク冷蔵庫に冷やしてるんで皆さん間違え無いようにして下さいね」
「おい、和希!」

アントニオが何かややこしい誤解をした気がするが、和希は洗濯物を集めるために男子ロッカーへと向かった。




[comment]
TOP