活躍


早めにトレーニングセンターに着いた和希はシャワーを浴び仕事を始める。トレーニングウェアを洗濯し、痛む腰をさすりながらトレーニングルームを掃除をする姿少し滑稽だ。
しばらくすると、パオリンやアントニオがやって来てトレーニングを始めた。和希はパソコンを立ち上げ二人の練習メニューの確認をして二人に告げる。するとPDAに出動要請が入ったため和希はまたもロックバイソンのトランスポーターに乗せてもらうことにした。

「お前大丈夫か?」
「へっ?何がですか?」
「顔色悪いぞ」
「あー…」

ロックバイソンに痛いところを付かれ和希は言葉を濁した。

「こんな仕事だからな、体調管理は基本中の基本だぞ。無理すんなよ」
「ありがとうございます」

体調を気遣ってくれるロックバイソンに礼を言い和希はほんのすこしの罪悪感が胸に過った。
これは自業自得でロックバイソンに心配をかけてもらうようなことではない。

トランスポーターを降りると、もうすでに何人かのヒーローが到着しているようだった。警察と報道陣と野次馬を掻き分け現場の確認をする。

『ボンジュールヒーロー。シルバーステージで立てこもり事件発生よ。犯人は一人。自分の子供を人質にしてるわ、犯人の要求はまだ不明。凶器に銃を持ってるから気を付けるのよ。じゃ、今日も盛り上げて頂戴』

通信が切れると同時にドンッと地響きのような音が響き周囲に緊張が走った。野次馬の一部がヒステリックに叫び軽いパニックが起きる。音のする方を見ると住宅街のごく普通の家の窓から女が銃を発砲したようだった。腕に抱かれた子供が泣き声をあげている。

「犯人って母親か…?なんて事だよ…」
「とりあえず野次馬を安全なところへ避難させます」
「ああ、頼んだ」

沢山の野次馬にヒーローが来たことにより犯人は興奮し、慣れない銃を振り回しわめき散らしている。

『やばいわね、ちょっと私達は犯人の死角に回った方がいいかも』
『そうね、そうしましょ』

ヒーローが見えていると興奮してまた攻撃するかわからないのでブルーローズ達は犯人の死角に移動したようだ。和希は犯人を気にしながら避難を進める。

『スカイハイ、どうだ?いけそうか?』
『駄目だ、人質も傷付けてしまう』
『ボクもだよ…』

他のヒーロー達も打つ手がないようだった。こういう犯罪の場合、時間が経てば経つ程犯人の苛立ちが募り何をするかわからない。そして何より人質の子供が心配だった。冷静さを失った犯人は泣き叫ぶ子供を怒鳴りつけたり殴り始めた。和希は目を背けたくなるような光景を目の当たりにして、どうにかせねばとアニエスへと通信を入れる。

「アニエスさん、聞こえますか?」
『和希、聞こえるわ』
「僕が行きます」

その言葉を近くで聞いていたロックバイソンが和希を慌てて止める。

「行きますってお前あそこにどうやって突っ込むんだよ!」
「大丈夫です。僕の力なら、このままだと人質が危ない!」
『…和希はまだ取っておきたかったんだけど仕方ないわね…3分後CM明けたら行って頂戴』
「ありがとうございます!」

和希とアニエスの通信が終わると今度はアニエスからヒーロー全体に通信が入る。和希は警察官やパトカーの後ろに隠れ犯人と人質を確認する。緊張で心臓が脈打つ音がうるさい。

『みんな聞いて、今から3分後CM明けに和希が人質を救出、犯人を制圧するわ。みんなはサポートをお願い』
『和希が…まじかよ』
『了解』
『任せよう!そしてサポートは任せたまえ!』

ヒーローの了承の言葉が和希にプレッシャーとしてのし掛かる。だが和希はやるしかない!と自分に言い聞かせた。

『じゃあ10秒前になったらコールするから、和希任せたわよ』

本当は犯人の隙を伺い自分のタイミングで能力を使うのが一番なのだがそうはいかない。和希は部屋の中を銃を振り回しながらうろつく犯人を目で追う。そして和希はあるヒーローに通信を繋いだ。

「折紙、聞こえる?」

呼び出したのは折紙サイクロンだった。

『和希っ救出ってまさか…』
「うん、だから警官に擬態してここまで来てくれないかな?」
『犯人の懐に飛び込むの!?銃持ってるのに!』
「うん、あんなお母さんの姿これ以上子供に見せられないよ。お願い、早く来て時間がない」

折紙サイクロンの返事がないまま通信は切れた。泣いていた子供は殴られたせいかさっきからぐったりしていた。和希は歯がゆい気持ちでアニエスの合図を待つ。すると自分に近付く気配を感じた。

「和希…」
「さすが、早いね」

見た目は警察官だが声は折紙サイクロン──イワンそのままだ。和希は緊張が少し和らぎ微笑む。

「救急車は?」
「大丈夫、そこまで来てる」
「そっか」

折紙サイクロンは何か言いたげな様子だったが、犯人に集中するため和希は黙って話しかけなかった。緊張が張りつめる中、和希に通信が入る。

『和希準備はいいかしら?』
「任せて下さい」
『10、9、8、7、6、5、4、…』

和希はアニエスのカウントダウンに合わせて能力を発動した。

和希が青い閃光と共に消え代わりに小さな子供が現れる。折紙サイクロンは擬態を解きよろけた子供を抱き抱え急いで救急車の元へと飛んだ。

その間和希は犯人の持っていたショットガンを押さえつける。犯人は何が起こったのか解らずあっけなくショットガンを手放した。待機していたワイルドタイガーがドアを蹴破って入りその後にバーナビーも続く。後退りする犯人に和希は冷静に話し掛けた。

「落ち着いて…」
「やめて!来ないでっ!」

壁に背をついた犯人が隠し持っていたのか小さなナイフを自分の首に当てる。まだ凶器を持っていたとは。現場に緊張感が走った。和希の後ろにいたワイルドタイガーが動こうかしたが和希は制す。

しかし、和希が目を離した一瞬の隙をついて犯人の女がナイフを振りかざして和希に襲いかかった。バーナビーが慌てて対処しようとするが間に合わない。
しかし、和希はナイフをギリギリのところでかわし腕を掴みそのまま犯人を壁に押さえつけた。ワイルドタイガーが急いでナイフを犯人の手の届かない所へ蹴り飛ばす。そうしてようやく犯人を取り押さえた。

「バーナビーさん…っ」
「何です」
「変わって下さい…」

和希に言われるままバーナビーは犯人を拘束する。拘束すると言ってももう犯人は戦意を喪失し、やっと自分の犯したことに気付いたのか両目から涙を流していた。彼女がさっきから謝りながら呼んでいるのは自分の子供の名前だろうか。

「すみません、あとは任せました…」
「え?お前ちょっと、インタビュー…」
『お疲れ、ヒーロー。ヒーローインタビューはバーナビーが受けて』
「そういうことなので失礼します」

そういうと和希はバーナビーとワイルドタイガーの間をすり抜け部屋から出ていった。

初めての犯人確保が上手くいってよかった。怪我人は出たが死人は出ていない。外に出て警察官やマスコミと逆行するように現場から離れた。




出動が終わり、トレーニングセンターへ戻る。もうとっくに昼を回っていたので和希はセンター内にある休憩室で一人昼食を取っていた。食欲が湧かなかったのでゼリードリンクを口にしながら携帯でニュースをチェックする。

「ここにいたんですか?」
「…バーナビーさん、お疲れ様です」
「座っても?」
「もちろんですよ」

バーナビーは和希の前の椅子に座ると近所にあるベーカリーの紙袋をテーブルに置いた。
どうぞ、と言ったものの内心和希は焦った。ここでランチをとるのか。和希は昨日の出来事もありバーナビーに少し苦手意識を抱いている。気まずさに携帯を不必要に触った。暫くしたら席を立とう。今立つのはあからさまで失礼だから、と自分に言い聞かせる。

「先程の、お見事でした」

ドリンクのアイスコーヒーにフレッシュを注ぎながらバーナビーは言った。変な緊張感に和希は少し身構えてしまう。

「たまたまですよ。あの時有効に動けるのが僕しか居なかったので」
「あれはテレポートですか?」
「いや人質と入れ替わったんです。そういう能力なので」
「ああ、なるほど。良い能力ですね」

また二人きりになったので昨日の様に色々と聞かれると思ったが和希の予想は外れた。考えすぎかと和希は食べ終わったゼリードリンクのキャップを閉める。

「和希さん今日はありがとうございました」
「え?僕、何かお礼を言われることしましたっけ?」
「ポイントです、犯人確保のポイント僕に入ってました」
「あー」

和希はヒーローTVの仕組みを思い出し納得した。そういえば、犯人を捕まえると200ポイントが加算されるのだ。じゃあ人質を救助した折紙には人命救助のポイントが入ったのだろうか、と和希は思う。そうだといいな、彼は他のヒーローとはある意味桁違いなのだ。考えがバーナビーの言葉から離れていく。

「僕まだ正式なヒーローじゃないしポイントは加算されないんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。あ…僕買い出しがあるんでもう行きますね」
「ああ、僕和希さんを呼び止めてばかりですね」
「いやいや、いいんですよ。じゃあ…」

バーナビーから逃げるように和希は休憩室を後にした。



「怖かった、かも…」

和希は買い出しに向かうべくジャスティスタワーのエレベーターで一人呟いた。先程犯人を捕まえた時とは違う緊張にまだ心臓がうるさい。

「なるべく関わらないようにしよう…」

今日は普通の会話しか交わさなかったが、バーナビーの視線は和希の心の中を見透かしてそうで目を合わすことすら恐ろしいのだ。
あの彫刻として美術館に飾られていても可笑しくない彼の、翡翠の目に全てを暴かれそうになる気がする。

そんな事を考えているとエレベーターが一階に到着したようで扉が開いた。一歩足を踏み出すと目の前に立つ人物と目があった。それは先程人質を保護する時にサポートを頼んだ人物だった。




[comment]
TOP