物語は始まったばかり


夢を見た。イワンと昔みたいに笑って過ごす夢だった。凄い幸せで暖かい夢。

「和希くん、和希くん」
「んっ…」
「和希くん、起きて。そんな色っぽい声出したらもう一回しちゃうよ?」

シーツに埋まった顔を起こすと男が除きこむようにこちらを見ており和希ははっと目を覚ます。
飛び起きた和希に男は困ったように笑っていた。

「おはよう」
「…おはよう、ございます」

上体を起こしたのはいいが鈍痛に思わず顔を歪める。腰が重たい、節々が痛い主に股関節が。何も着ては居なかったが体が汚れてはいないので男が綺麗にしてくれた様だった。

「家まで送るよ」

男はもうスーツを着ており、自分だけ裸というのがマヌケに思える。いや、男二人でベッドで朝を迎える時点で相当なマヌケだ。恋人でもないのに。

「いや、それだと間に合わないので、今日はこのまま仕事に行きます…」
「そうかい」

眠気と疲労が抜けない頭で服を探し集める。ベッドの上でのそのそと下着に足を通しふと男を見ると視線が合うった。

「なんですか?」
「いや、意外に普通だなと思って」
「は?」
「初めてだったし、もっと落ち込むかと思ってたよ。最中もそんなに抵抗なかったしね」

最中、と言われ昨日のことを思い出す。抵抗が無かったのは薬で快楽に頭が働かなかったからだ。この男は何か勘違いをしている気がする。

「落ち込んで欲しかったですか?」
「うん、罪悪感を感じながらの君を抱くのは楽しそうだ。君は、本当に泣き顔が綺麗だから」
「…最低ですね」

男の目が昨日の最中の時のよう細められ和希は目を反らした。この男はどうかしてる。

「ああ…そう、その顔もいいね」
「…っ」

和希はベッドから男とは反対側に降りて服を着る。あのままベッドに居たら不味いと思ったからだ。ボトムに足を通し素早くベルトをしめた。

「どう?続けられそう?ヒーローは」
「…」

ヒーローは、というが聞いているのはヒーローのことではない。きっとこれは、こういう風に体の関係を続けることが出来るか?ということだろう。シャツのボタンを留める手が止まる。改めてこの男の性格の悪さを実感した。
気を遣っているのではない、和希に関係を持たないとヒーローを続けることが出来ないというのを解らせたいのだ。

ごくりと唾を飲む。狼狽えてる姿は男を喜ばすだけだ。決めたのは自分だ。選択はこれしかなかったじゃないか。と和希は言い聞かせる。

「…勿論ですよ」
「そうかい、それは良かった」
「…じゃあ、僕これで失礼します」

荷物を持って男に背を向ける。早く立ち去りたかったが腰の鈍痛でそうはいかなず、一歩一歩ゆっくりと歩く。

「ジャスティスタワーまで送るよ?」
「いいです。失礼します…」

男が何か言った気がするが扉の閉じる音に掻き消されて聞き取ることは出来なかった。



「…はぁ」

ホテルからでて大きく一つ息を吐いた。体の気だるさは昨日使われた薬の名残か、昨日の行為そのものが原因か。きっと両方だなと和希は自嘲的な笑みを浮かべてジャスティスタワーに向かうべく駅へと足を運んだ。

今何時か気になり携帯を取り出した。和希は時計を持っていない、携帯で賄えているから不便さを感じた事は無かったが仕事も変わったし買うべきだろうかと悩んでいたところだ。時計は余裕が出来たら見に行こう。

携帯のホームボタンを押すとメールが来ていた。時刻と時刻表を確認した後、ホームに移動しながら和希はメールフォルダを開く。
てっきりメールは男から来たものだと思っていたがそうではなかった。見覚えのないアドレスを不思議に思いメールを確認する。

「イワン…?」

メールはイワンからだった。夜遅くにメールを送る事の謝罪から始まり、和希がヒーローになった事に驚いた事、また会えて嬉しかった事、明日からトレーニングセンターにきちんと行く、というような内容が書いてあった。
メールを見て自然と顔が弛む。イワン以上に会えたことを喜んでるのは和希だ。一度は遠ざかったヒーローと友情を手に入れる事が出来たのだから。
だから、この涙は嬉し泣きから来ている涙のはずである。

和希はアドレス帳にメールアドレスとメールに書いてあった電話番号を登録して携帯をポケットにしまい、駅のホームでジャスティスタワーへ向かうモノレールを待った。



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