出動後


ロックバイソンと共に避難誘導を順調に進めていた和希にアニエスから石像が止まったと連絡が入った。石像がまた動き出してはいけないので石像の周りの人達が避難したかを確認するように言われまた移動する。

「わ…おっきいな」
「あ?あそこにいるのタイガーと新人じゃねえか?」
「えっ?」

目を凝らしてみるとそこには確かにヒーローらしき二人がくっついて立っていた。急いで二人の元へと駆け寄る。よくみると二人の体にはワイヤーがぐるぐると絡まっていた。

「おっロックバイソン!いいところにこれ外してくれ!」
「なにしてんだお前ら…」

ロックバイソンと二人でワイヤーをほどく。スーツが違うから一瞬解らなかったが声から察するにワイルドタイガーだ。

「助かったぜ」
「大丈夫か?お前も」
「ええ、なんとか。全くこのおじさんのせいでひどい目に遭いましたよ…」

フェイスマスクを上げてバーナビーはため息をわざとらしく吐いた。その仕草すら様になっている、これがハンサムの力かと和希は苦笑いした。

「あれお前も今シーズンからの新人?」
「へ?あぁ、一応ヒーローです…」

ワイルドタイガー達と違いポイントは争わないのだが、なんと言っていいのか言葉を濁した。

「一応ってどういうことだよ」
「あ、来シーズンから始まる2部リーグのヒーローなんです。お試しというかなんというか…」
「え?2部リーグ制になるのヒーローTV!」
「まあ、まだ企画段階らしいですけど」

ワイルドタイガーは驚いた様子でロックバイソンを見た。ロックバイソンも昨日聞いたことを話す。和希はなんだが居心地が悪くて苦笑いした。こんなにヒーロー間に話が伝わってないとは。

「とにかく、どうすんだこれ」
「周辺住民の避難を確認して待機らしい、俺達はトレーニングルームへ戻る」
「そっか、俺らもそうするか」

ワイルドタイガーがバーナビーを振り返ろうとした瞬間に和希の前まで歩みでる。その勢いでワイルドタイガーはよろけ後ろからロックバイソンが支えた。

「どこかで会いませんでした?」
「…へ?…っあ」

和希は一昨日の夜の事を思い出す。そうだバーナビーとは二度会ったのだ。一度はホテルのエレベーターで、二度目はホテルからでる時に。
やはり、こんなファントムマスクでは顔がバレるのかと和希は焦った。ホテルで自分がしていた事をバーナビーは知らないはずだが脈が速くなるのを感じた。

はじめましてとは言えない。今は似てる人で通じるが今後もトレーニングセンターで必ず会うのだそれだと変に疑われてしまう。
だからといって、あの時はどうも。とも言えなかった。それほどホテルにいた自分は自分でないと思いたいことをしていたのだ。

バーナビーと和希になんとも言えない緊張感が走る、だが口火を切ったのはそのどちらでもなくワイルドタイガーだった。

「え?なに、ナンパ?」
「はあ?どうしてそうなるんですか?」

バーナビーは呆れながらワイルドタイガーを振り返る。注意がそれて和希は胸を撫で下ろした。

「とりあえず、戻るぞ」

言い争う二人にロックバイソンが間に入り和希達はトレーニングセンターへと戻った。




石像が止まってから1時間半が過ぎようとした頃トレーニングセンターにはパオリンがいた。スーツは着ておらず私服だ。和希を見るとベンチから立ち上がり駆け寄ってきた。

「和希おかえり!お疲れ様!」
「パオリンもお疲れ様」
「どうだった?初出動は緊張した?」
「うん、ロックバイソンさんと一緒じゃなかったら多分現場を混乱させてたな」

緊張がパオリンの笑顔に解されていく、こんなに小さいパオリンは一人で避難誘導をしていた。幼いといえど立派なヒーローなのだ。

「慣れたら大丈夫だよ!そういえば和希のヒーロースーツかっこいいね」
「え、そうかな?インチキマジシャンみたいじゃない?」
「インチキ?そんなことない!かっこよかった!普段の和希はキレイで、ヒーローの時はかっこいいよ!」
「えっ」

キレイ?かっこいいと言われ多少なりとも嬉しくむず痒い気持ちになったが普段はキレイとはどういうことだろう。若い子といったら自分もまだ多分若いので少女特有の感性から出た言葉だと思いありがとうと応えた。


その時携帯に着信が入る。パオリンに断りを入れて確認するとそれはあの男からだった。思わず携帯を握りしめる。

「出ないの?」
「あ、ごめんね」
「いいよ、いいよ」

通話ボタンを押しながら男子更衣室へと向かう。

「はい」
『あ、和希くん。ヒーローデビューおめでとう』
「ああ、はい」
『駄目だよ、ヒーローはもっと愛想よくしないと』

楽しげな声に苛立ちがつもる。だが、その苛立つ様子すら男は楽しんでいるようだ。

「それだけですか?」
『んー?今晩空いてるかなあって』

和希今すぐ携帯を投げるかへし折るかしたくなった。出なければ良かったとすら思う。受話器の向こうで今にでも男がクスクスと笑う声が聴こえて来そうだ。

「随分暇なんですね」

なるべく相手に動揺が伝わらないように返す。男は人の弱いところに付け込むのが得意だとあの時でわかっている。

『今日は君のヒーローデビューの日だしね。しかもこの前は君が気持ちよくなっただけだし』
「…わかりました。終わりましたら連絡します」
『ふふ、待ってるよ』

通話終了を告げる電子音が聴こえて和希は乱暴に携帯の電源を落としてポケットに突っ込んだ。

せっかくの晴々しい気持ちも台無しだ。

「くそ…っ」
「どうかしましたか?」

吐いた独り言に返事が返ってきたので驚いて声の方をみる。そこにはバーナビーが立っていた。

「あ…バーナビーさんお疲れ様です。独り言です気にしないで下さい」

先程の通話を思い返す。何か怪しまれるような疑われるような会話はしていないはずだ。笑いながらバーナビーの横を通ろうとしたが腕を掴まれる。心臓がはねあがった。

「やっぱり、ホテルで会った人ですよね?」

二人きりで、腕を掴まれて問われれば誤魔化す手段はない。小さい頃から嘘を吐くのは下手くそなのだ。ならば真実をいうしなかった。
言えないことは伏せて、言えるところだけを拾い上げていくように話す。

「ああ、エレベーターの時ですよね。覚えてくれてたんですか?」
「えぇ、ヒーローTVの打ち上げで来てたんです?」
「ああ、いやスポンサーと話をするために」

なんだが尋問を受けてる気がするのは自分がやましいことをしているからだろう。和希は一刻も早くここから出ていきたかった。

「会ったことあると思いますよ、あの時このあとバーナビーさんと会食だと言ってましたから」
「あぁ、じゃああの製薬会社の」

食事中に何か自分に関することを言っていたのだろうか、あらゆるパターンを想定しようとするが冷や汗が出るばかりで言葉が出てこない。

「じゃあ、なんであんな時間にホテルから出てきたんです?」
「それはですね…」

ホテルから出た時も顔を見られていたのかと和希は言葉に詰まった。掴まれた腕から心を読まれてはいないかと思う。ここで黙ったら駄目だ、何か言わなければ。

「実は慣れないお酒に酔って気分が良くなるまで休んでたんです…」
「なるほど」

出来るだけ自然に言ったつもりだがバーナビーの目にはどう映っただろうか。

しかし、男同士での枕営業なんてそんなすぐ行き着くことではない。酔って酔いが冷めるまで部屋で休んでいたという方が自然なはずだ。

「あの、すみません」
「はい」
「腕を離してくれますか…?」

納得したのかバーナビーはすぐ腕を離してくれた。急いで横をすり抜ける。ロッカールームにはバーナビーだけとなった。




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