02.雨宿り




 断続的に降り続く雨を、彼はただ眺めていた。
 それは、空の高い所から地面へと叩き付けるかのように、激しい音を立てて降っていた。
 頭上に枝を張り、葉を生い茂らせる大木のお陰で、彼が濡れることはない。
 しかし、背中に感じる木の感触は、もう随分と湿気を帯びていた。どれだけ、ここで雨止みを待っていたのだろうか。

「すみません、入れて下さいな……!」
 少し遠くから聞こえた高い声に視線を上げると、彼が雨宿りをしている木へと誰か他の人間が駆け込んで来た。
 曇り空と、大木が日を遮るのと……そして、彼とは反対側へと行ったこととが合間って、その姿は輪郭程度しか分からなかったが、恐らくそれは女だ。
 ――ついていない。
 微かに舌打ちをして、彼は木から出ていこうとした。
「いいのです、出ていかないで下さいな。貴方が先にいらっしゃったんですもの」
「でも……」
「お話相手になって下さいませんか? このいつまで止むか分からない雨では、お互いに暇でしょう?」
 けれど、戸惑う彼に、女は優しい声で笑った。
 そんな女に、彼は体を再び木へと戻す。
 どうせ後で後悔することになるだろうに。そう、分かってはいたが。




 女は、人見知りを知らないかのように、次から次へと彼へ話題を振った。
 彼がまともに答えることをしなくても、全く気分を害した様子も、気後れする様子もなく、ただ楽しそうに笑っていた。
 それにつられて、次第に彼の返答する回数も増えてくる。いつの間にか、自然と言葉を返していた。
 どれだけの言葉が行き来したか、分からない。雨止みを待っていただけにも関わらず、彼の意識はもうその雨には向いていなかった。その場にいた彼女、ただ彼女が彼の意識を支配していた。
 こんなにも普通に、人が自分と話すことなど彼にとって初めてだった。もう随分と長い間、こうして人と話すことはなかった。
 とても新鮮で、何処か踊るような心を彼自身も感じた。

 ――だが、外へ視線を向けると雨が止んでいた。
 もう、この楽しい時間も終わりだ。
 もうすぐ彼女は、彼の姿を見ることになる。そして、いつものような反応が返ってくるだろう。
 彼は小さく溜息をつきながら、その瞬間を迎える覚悟をする。


「あら、良かったわ。止みましたね」
 嬉しそうに木から出て女は、反対側にいる彼の方へと向かって来た。 ――そうして、初めて、その女と向き合った。
 長い間会話をしていたというのに、お互いの姿を一切見ていなかったのだ。
 綺麗な女だと純粋に思った。とても和服の似合う、大和撫子という言葉が似合う女。
「まぁ!?」
 尤も、その女の顔は直ぐに予想通り驚嘆に歪んだが。
 瞠目したその瞳に映ったのは、烏のように黒い羽根をはやした男――妖怪だったのだ。それも当然だろう。

「……天狗さん、だったのね」
 数秒の沈黙の後に、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「怖くないのか?」
「どうして? 驚いたけれど、さっきまでお話していた方が、天狗だっただけよ?」
 けれど、予想外に綺麗な笑みを浮かべた女に、今度は彼が驚く番だった。
 何もしないというのに、妖怪というだけで怖がられ、怯えられ……だから、彼は人間が嫌いだった。
 でも、同時に愛しくもあった。だから、こうして偶に山から下りて人里にいる。


 雨はもう降っていない。
 けれど、彼はもう少し彼女と話をしてみたいと思った。




END

2009.11.22

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