薄氷の向こう側




 妾の世界は、モノクロだった。
 親ですら、兄弟ですら、自分の敵だと知ったその時から、何も感じなかった。
 世界は薄氷の向こう側、誰も本当の私を知らない。
 仮面をつけて微笑んで、皆の望む「王女」でいる。

 妾は、ただそれだけの存在――。


「王女様は本当に素晴らしいですわ」
 ドレスの採寸に来ていた仕立て屋が、満面の笑みで微笑む。
 物心ついた時には、その心の内を妾は感じ取れるようになっていた。否、感じ取らざるを得なかった。

 ――小娘だけど、王位継承権第一位の王女、心象を良くしておいて悪いことはない。

 人の、下卑な考えはあまりに分かりやす過ぎた。
 陰口、欲望、妬み……色々な感情の渦巻く王宮は、妾を聡くするには充分過ぎた。

 兄からの毒入りの菓子を受けとった時には、自分以外の「他人」という存在には、全てを諦めていた。
 人という生き物は、他人を利用せずには生きていられない。自分のためになら、なんでも利用する。

 だったら、誰もいらない。一人きりでいい。
 誰も信じなければ、裏切られることもない。
 心は、固い氷に包んで。 誰にも触れさせない、誰にも気づかせない。
 そうして、生きてゆけばいい。
 そう、心に決めた。

 ――なのに。


「………さま? 顔色が悪いですよ」
 金色の髪が、こちらをうかがって揺れる。
 その姿に、目を奪われそうになる。
 いつしか、肉親よりも、メイドよりも、近くにいるようになった存在。
 いつの間にか、するりと妾の心の内へ入って来た。

「ふん、そんなの気のせいじゃ」
 気取らせないように冷たくいい放ち、違う方向を見る。
 そうでもしないと、こいつには妾の心の内の揺らぎすら、見えてしまうような気がした。

 他人など嫌いだった。
 誰にも構って欲しくなかった。
 一人でいたかった。

 いつからだろう、それが変わってしまったのは。
 こいつが隣にいてくれると、心が休まった。
 何故か、その声を聞いていたかった。
 いつの間にか、誰よりも大切な存在になっていた。

 この手伸ばせば、届くところにいる。
 ――だが、妾はこの手を伸ばせない。

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