19.惚気




「それでね、彼ったらねぇ!」
 無邪気な声が、俺の部屋に響き渡る。
 ベッドの上から乗り出すようにしている幼なじみから、俺はなるべく身を離すようにテーブルで頬杖をついている。そこが定位置になっているこいつは、全く気付いていないけど。
 桜色に頬を染めて語るのは、当たり前だが俺のことじゃない。最近付き合い始めた、彼氏のこと。
 付き合いたてならば、周囲に惚気がいくのは当然だ。それは仕方ないとも思う。だが、こいつの惚気だけは聞きたくない。
「それ、何回も聞いた」
 本当に、何が悲しくて、よりにもよってこいつの惚気を聞かなければならないのか。
 溜め息を吐きながら視線を逸らすと、彼女は小さく膨れた。
「だって、竜しかのろける相手いないんだもんー!」
 甘えるように愛称で呼ばれる。無意識なのだろうが、頭が痛くなる。
 やってられない、という気分になり、その視線から逃げるように顔を背け続ける。
 すると、やはりというか、その表情がみるみるうちに不安の色に満ちていく。昔から甘ったれで、寂しがり屋だった。
「うう、ダメ? 嫌いになる?」
 以前と変わらず、涙目で、しかも上目遣いで見つめてくる。彼氏ができようとできまいと、それは変わらない。
 そして、俺は相変わらずこいつの涙にとことん弱い。泣かないで欲しくて、結局俺の返す言葉は決まっている。
「べ、別にまぁいい、けど」
 ……全くよくなんてないけど。俺だってこいつのことが好きなんだから。
 それでも、そう返してしまう、俺。なんだか情けない。こんなことだから、横からトンビにもっていかれるのだろう。

 こいつとは、家が隣で、幼い頃から一緒にいた。当たり前のような存在だった。だから、好きだとか嫌いだとか考えたこともなくて。気付いたのは本当に最近、高校が別々になってそれが当たり前じゃないって気付いてからだ。
 どうしようと悩んでいたうちに、気付けばその同じ高校の彼氏に奪われていた。鈍感で、かつ出遅れた自分はどうしようもなく阿呆だと思う。
 そして、諦めようとして諦めきれずにこうしてうだうだしながら、その惚気を聞いている自分はどうしようもなく馬鹿でもあるのだろう。


「でね、でね!」
 そんな俺の胸中など全く知らないこいつは、俺の言葉をそのままに受け取り、再び眩しいくらいの笑顔で語り出す。
 出そうになる溜め息を耐えながら、俺は適当に相槌を打つ。
(ホント、何が悲しくて、惚れた女の惚気を)
 こいつが幸せならそれでいい。こいつが笑いかけてくれるなら、別に恋人という位置にいなくてもいい。そう、諦めて普通に幼なじみとして一緒にいようと思った。
 思ったが、いくら惚気るためとは言え、こんな風に毎日毎日、しかも俺の部屋で甘い笑顔を振りまかれるとだな……。

 相変わらず適当に頬杖を付いたまま、視線だけを動かしてその表情を覗き見る。
 くるりと丸い瞳は、どこか幼さを残していながらも、それがまた彼女の愛らしさを際立たせる。桜色に染まる頬は愛らしい。花がほころぶような、笑顔。
(ああ、くそぅ、やっぱり可愛いよなぁ)
 当たり前過ぎて気付かなかったけど。俺はどうしようもなく、こいつの笑顔に弱かった。泣き顔以上に、だ。だからこいつが笑ってくれるなら、なんでもしてしまうのだ。
 しかし、こいつの彼氏は、なんでそんなに他の男になんか会わせるのだろうか。付き合いたてならもうちょっとこう……何かないのだろうか。俺なら何か言う。こんなに愛らしい笑顔を他の男になんか見せたくないし。 諦めようと思っていたのに。幼なじみ、相談相手という、恋人なんかよりもずっと一緒にいられる定位置でいようと思ったのに。
こんなに無防備な笑顔を見せられて、こんなに近い位置にいて、諦められる筈があるだろうか。
(あーもうっ!)
 一際、深く息を吐き出して、頬杖をついていた手で頭を掻きむしる。
 こいつの彼氏が、他の男に会うことを黙認していなければ、俺はこんなにも葛藤せずに済んだのに。それとも何か。余程、他の男になんて取られない自信があるのだろうか?

「……だったら、奪い取っちゃう、ぞ?」
 唸るように呟く。
 俺だって、誰よりもこいつに近い場所にいる自信がある。誰よりもこいつの性格を知っている。こいつの好きなもの、嫌いなもの、何をしたら喜ぶのか、知っている。
 こんなにも無防備に笑ってくれるのも、相談してくれるのも、俺だけだという自信もある。
「へ? なんか言った?」
 ぼそりとした呟きはあまりに小さすぎて、こいつには聞こえてなかったようだ。
「いや、なんでも」
「そう?」
 そして、やはりこいつは、再び惚け出す。俺の葛藤なんか微塵も気付かずに。
 いい加減、この想いに気付いてくれてもいいだろうに。
 俺は、あと三回これが続いたら、横恋慕でもなんでもかけようと思った。






END

2011.5.22

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