「でね、その病院には夜な夜な……」
声を潜めているようで、全く潜めていない大きさの声。離れているのにも関わらず、耳に入ってしまう。
(怖くねぇって、こんな真っ昼間にそんな話をしても)
怪談話をしているクラスメートをちらりと横目でみて、少年は溜め息をついた。冷めた瞳に宿るのは、呆れだ。
窓辺の席に座る少年には、眩しいくらいの真昼の陽光が差し込む。
幽霊がいないとは言わないが、こんなにも明るい教室では怖さなど微塵も感じない。
――それに、何より。
「ふぅん、あの病院って出るんだぁー。怖いねぇ」
後ろで、少女の間抜けな声が響いた。
何処かあどけなさを残す、甘く、高い声。
(お前が言いうな、お前が)
視線だけを動かす。少女は、少し透けており、足はない。
「お前も幽霊だろうが」
他の人間には聞こえないような小声で呟く。この少女と話す時は、極力気をつけている。少女は他の人間には見えないのだから、変人扱いされるのが関の山だ。
少女が少年の家に居候し始めて、早数カ月。最近は随分慣れてきたが、初めのうちはよく少女の間抜けさに大声で怒鳴ってしまったりして、周りから白い目で見られていた。
「はぅ!? そうだったっ!」
自分が幽霊だということをすっかり忘れていたらしく、少女は今思い出したように飛び上がる。
その間抜けさに溜息を吐きたくなるが、とりあえず耐える。
こんな間抜けな幽霊が傍にいて、幽霊が怖くなるわけがない。なんというかこちらまで気が抜ける。
「でもね、怖いものは怖いんだよぅー」
(幽霊なのに幽霊怖がるって……)
同族だろうに。それにもう死んでいるのだから、呪い殺されるようなこともないだろうに。
この少女の阿呆さには呆れを通り越して、尊敬すら覚える。これだけ何も考えずに生きられたら、きっと幸せだろう。
「想像すんな、怖くなるだけだろ」
放っておけば、きっとしばらく怯え続けて鬱陶しい。だから、助言する。
「う、うん。分かった」
真面目な顔をして、何か他のことを考え出したようだ。
「ねぇ、私の姿が見えたら、あの子たち驚くかなぁー?」
「止めておけ」
唐突に、ぽつりと呟いた少女に、少年は間髪入れずに答えを返す。
「なんで?」
「なんでも」
まだ幼さの残るあどけない表情で、少女は頭の上にクエスチョンマークを沢山浮かべる。
そんな姿に、少年は苦笑が漏れる。
(どうせ幽霊だって信じてもらえなくて、落ち込むだけだからだって)
誰が、こんな明るい幽霊を信じるだろうか。少年だって、未だに信じ切れていない。
「むぅー」
少年が止める理由が分からない少女は、少女は子供のように頬を膨らませていた。
夏間近の日差しは、とても眩しい。そういう眩しさが少女には似合っていた。
END
2011.4.25