09.バス停




 視界に延々と広がる田畑。舗装されていない畦道。ビル一つない、のどかな田舎の風景。
 都会で感じる狭苦しさがなく、何処か温かな気持ちになれるけれど、私は徐々に焦りを感じ始めていた。
「あ! あったあった!」
 漸く発見したその目印に、思わず声を上げる。
 何処も同じような、バス停の目印。探し続けていたそれを確認し、私はほっと息を撫で下ろす。
 それほど方向音痴でなくとも、初めて来た土地で何かを探すというのは、なかなか難しいものだ。辿り着かないことだってある。そろそろ探すことに疲れてきた所だった。
 バス停には、待ち合い所のような形で、細やかな屋根と椅子があった。遠くからなので断言出来る訳ではないが、恐らくそうであろう。
「ラッキー」
 にんまりと笑う。知らず知らずのうちに、急ぎ足になる。意外と疲れていたらしい。





「あちゃー。次のバス、二時間後?」
 しかし、バスの時刻表を見て、私は愕然とした。自分の見間違えかと思い二度見したけど、やっぱりその時刻に変わりはなくて。
 流石、田舎。都会では考えられない。都会って便利だったんだなぁ、と思い知らされる。 私は溜め息を吐くと、脱力したように椅子にもたれ掛かった。ギィ、という軋むような音はしたけど、椅子は古い割りにまだ強度はあるらしい。


 二時間、というのは以外と長いもので、宛てもなく思考はさ迷う。
 今回の仕事のこととか、これからの仕事のこととか、週末のこととか、お盆休みのこととか、近いうちにある友人の結婚式のこととか、自分の結婚とか、老後のこととか……。
 それでも、考えても考えても、その限界など高が知れていて。ついに、私は暇になってしまった。
(なんだかなぁ)
 バスは、まだ来ない。
 どれだけ時間が経ったかと思って時計を見ると、まだたっぷりと時間があった。
 適当に伸ばしっぱなしの髪を、指で遊ぶ。単に待つだけ、というものは随分とつまらないものだ。
(でも、私らってそういう生き方をしてるよねぇ)
 ふぅと、一つ長い溜め息を吐く。
 思い返せば、いつだってそうかも知れない。バスを待つとか電車を待つとか、そういった単純で表面的なものの話だけじゃなくて。
 受験とか、就職活動とか、結婚とか、挙げ始めたら切りがないが。決まり切ったパターン。そのうち来る、“それ”に、やってきた時に乗っかって。
 ――受動的な、生き方。現代の人間って、そうなんだ。尤も、私もその中の一人だけれども。
 来ることが分かっているようなものに、流されていく。さながら、バスが決められたルートを走るように。
 だから、自分から何かを探し、求め、道を切り開いていくという事にとんと弱い。

「おねーさん、何やってるの?」
 唐突な声に、思考を止めて顔を上げる。
 声を掛けてきたのは、通りすがりの子供だ。この辺りに住んでいるのだろう。
 私が何をしているかだなんて、見て分かるだろうに。腕組みをしながら答える。
「うん? バスを待っているのだよ」
「そのバス、廃線になっちゃってるのに?」
 きょとんとした瞳が、私を見つめてくる。
 今、この子はなんと言ったのだろうか。一瞬固まった頭が、それを理解してくれない。
「……なぬ?」
 長い沈黙の後、口にした言葉は酷く間抜けなものだった。
 ああ、悲しいかな、私も現代人。だから、そう、こういった不測の事態に弱いのだ。
 私は、暫くその場に立ち尽くしていた。






END

2010.8.13

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