子供の頃、夢があった。
綺麗なドレスを着て、輝く宝石で着飾って。舞踏会の真ん中で、優雅に踊るの。
誰もが自分へダンスを誘う手を伸ばして。私は鮮やかな笑みを浮かべる。
ぼろ布をドレスに見立てて、お姫さまごっこをしたこともあった。
あの頃は、ぼろ布を巻き付けただけで、私はお姫さまになれた。
――だけど、時の流れは残酷なもので。歳を負って、現実はそんな風にならないことに気付く。
今の私は、ただのメイド。魔法使いなんて存在しない。ご主人さまは、私がお仕えする相手。
*
黒いワンピースに皺はないか、白いエプロンに汚れはないか。私は、着慣れたメイド服を確認する。
見た目なんて気にしても無駄だとは分かっていたが、ご主人さまにだらしない娘だとは思われたくない。
私のノックに返ってきた入室の許可に、私はゆっくりと部屋の扉を開ける。
「失礼致します。お食事をお持ち致しました」
「ありがとう、マーリア」
窓から差し込む朝日を浴びながら、ご主人さまは私に微笑んだ。
それに、幸福な気持ちになりながら、私は食事をテーブルの上に並べていく。
仕え始めてから、早数年。ご主人さまはどんどん美しく、聡明になっていった。それでいて、それを奢った様子もなくお優しい。
それ故に、若い娘達からの求婚は後を立たない。そんな良い所の姫君の一人と、そう遠くない未来、婚姻を結ぶことになるのだろう。
小さな胸の痛みに、必死に気付かない振りをする。
「マーリア」
そう、自分の名を呼ぶ声に高鳴る胸。
けれど、それを感じさせぬよう、落ち着きを払った態度を返す。
「なんでしょう?」
「愚痴を聞いてくれるかい?」
「はい。勿論ですわ」
「ありがとう」
ご主人様を想っても無駄なんだってことくらい、私にだって痛いくらい分かっている。
私はメイド。貴族とは身分が違い過ぎる。いくら幼い頃から仕え、ご主人さまは幼なじみのように思って下さっているとはいえ、身分の壁が消えるわけではない。
「……父が結婚しろと煩くてね、嫌になるよ」
ご主人さまは、ぽつりぽつりと語り出した。
その言葉に、私は胸を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
ああ。そういえば、もうそんな歳なのだ。可能性としてではなく、目の前の現実として、いつ実現しても可笑しくない。
胸が痛い。痛くて堪らない。誤魔化し切れない。
ご主人さまが、誰か女性を妻にする。一生を誓い、子供を産み――。
それでも、私はそのお世話をし続けるのだ。そんなことに耐えられる?仲睦まじい姿を見ていられる?
*
どういう返答をしたのか、その後のことは実はもう覚えていない。
ただ、私は誰もいない裏庭で佇んでいた。
『マーリア』
頭の中で反響する声は、甘く、それでいて痛く私を擽る。
捨てられない想いに幾度涙を流しただろうか。そして、幾度、私を選んでくれたなら、そう夢を見ただろう。
だけど、そんなことは不可能だって分かっている。綺麗なドレスで、舞踏会で踊ること以上に。
私は、シンデレラにはなれない。この世界に、魔法使いなんていないもの。
でも、もしも。もしも、夢を見ることくらい許されるなら――。
「……リュアーズさま」
貴方の腕に抱かれてみたい。一度限りでいい。
綺麗なドレスも、輝く宝石もいらない。舞踏会の中心でなくともいい。
ただ、彼と踊る姫君のように、その瞳に見つめられて、その腕の中で踊ってみたいの。
END
2010.3.20