プロローグ:空は蒼く、遠すぎて




「化物が来たぞー!」
 その叫ぶような声に、少年はびくりと肩を揺らし、足を止めた。
 声の主は、少年と同じ歳くらいの幼い子供だ。他の子供達も、少年の姿を確認すると、小さな悲鳴を上げながら逃げていく。
 自分が現れた瞬間に逃げていく他の子供たちの後ろ姿は、涙で歪んでよく見えない。それでも、その表情は見るまでもない。恐怖と侮蔑とに染まっているに違いない。
(いっしょに遊びたいだけなのに。なんで、みんなぼくをこわがるの? こんなにきらうの?)
 湧き上がる悲しみに、少年は俯く。溢れそうな涙を耐えようと、小さな掌を握りしめて唇を噛んだ。だが、それでも堪えられるものではない。
 ぽつんと地面が濡れた。それは、少年の瞳から零れた涙によるものだ。
 一つ落ちだすと、あとはもう切りがない。後から後から、止めどなく溢れ出す。大粒の涙が、地面を濡らしていく。
(だれか、あそぼうよ)
 鼻を啜り、涙を拭う。零れそうになる嗚咽を飲み込む。
 一人は嫌だった。誰かと遊びたかった。だから、少年は他の子供を探す為に歩き出す。
 歩くことを覚えたばかりの、幼い少年の足取りは頼りない。それでも、それを心配するような人間は外にはいない。誰も少年を視界に入れぬようにしていた。


 少年の行く先行く先では、その姿を見つけた子供達は逃げていく。子供だけではない。大人も、少年を避けるようにその場を去っていく。それが、常だった。
 真昼にも関わらず静まり返った村を、少年はとぼとぼと歩く。
(あ!)
 漸く、子供の姿を見つけた少年の表情は、途端に明るくなる。
 砂遊びをしているらしい子供の後ろ姿。少年に背を向けている為に、その存在に気付いてはいない。このままそっと近付けばそれまでは逃げられることはないだろう。
「あそぼうよ!」
 後ろから声を掛けて、手を掴んだ。こうすれば、自分の存在に気付かれたとしても、話も聞かずに逃げられることはない。
 漸く、話を聞いてもらえる。少年の声には、嬉しさが交じる。
「う、わ! やめろよ! は、はなせッ!」
「あ、あのね!」
 だが、相手の子供が向けてくるのは、怯え切った瞳。声を引き攣らせ、なんとか逃げようともがいていた。
 その様子に、ちくりと胸が痛む。とても悪いことをしているような気分になる。決して悪意はないのだと、ただ一緒に遊びたいだけなのだと、少年は必死に誤解を解こうとした。
「な、何やってるのッ!?」
 唐突に響いた、ヒステリックな声。少年はびくりと肩を揺らす。
 後ろを振り返ると、物凄い形相で向かってくる女性。この子の母親なのだろう。
 母親は、少年から子供を無理矢理引き離し、少年と距離を置くと子供を自分の体で庇うように抱き締めた。
「うちの子に、近付かないでちょうだい! 怪我でもしたらどうするの!」
 こちらを睨みつけてくる女性の瞳に、少年は怯えたように後去る。
 ただ手を掴んだだけ。何もしていない。誤解を解こうと、少年は震える唇を開く。
「ぼ、ぼく、なんにもしてな……」
「化物の言うことなんて信じられるものですか!」
 少年が言い切る前に、母親は叫んだ。
 頭が真っ白になる。表情の抜け落ちた顔で、その言葉を反芻する。
「ばけ、もの……?」
 誰もが、少年に対してその言葉を使った。だが、少年はその理由を知らなかった。聞きたくとも、誰も少年と話をしようとはしない。
 女を見上げる。その瞳は嫌悪に染まっていた。それは、少年がずっと理由も分からず向けられてきたものだ。
「お前が持ってるほどの魔力、普通の人間が持てる筈ないじゃない! お前は化物よっ!」
 その言葉で、少年は漸く気付く。自分の持つ魔力は、普通ではないのだと。自分も普通の子供ではないのだと。
 だから、誰もが避けるのだと。
「ま、まってっ!」
 違うと否定するように、慌てて声を上げる。
 ただ、少年は他の子供達と遊びたいだけだ。悪意など欠片もない。魔法だって、一度もそんな風に使ったことなどない。
 それを分かって欲しくて、必死にその子の母親へと手を伸ばす。
「触らないで!」
 叩きつける音が大きく響いた。それは、伸ばした手を払い退けられた音だ。
 そのままバランスを崩した少年は、地面へと転んでしまう。置いていかれたくなくて慌てて顔だけ上げるが、その子供と母親は少年になど見向きもせず、そのまま足早に行ってしまった。
 彼らにとって、少年などどうでもいい存在なのだ。寧ろ、疎ましい。転ぼうが怪我をしようが、興味などない。
 地面に突っ伏したまま、少年は嗚咽を漏らす。
(ぼくは、ばけものじゃないのに……)
 泥だらけの顔をくしゃくしゃに歪める。
 痛かった。もう、何が痛いのか自分では分からないほど少年は痛かった。

 頭上では、少年の心と正反対の青空が広がっていた。太陽は眩しく、光を地上に与えていた。
 それでも、それは少年の心には届かない。
 ただ、自分の存在が嫌だった。まるで世界と切り離されたかのような、自分の存在が。
 眩し過ぎる世界は、自分には手の届かないものだった。少年は起き上がる気にさえなれなかった。



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