『“揺らめく炎、燃え盛る火焔よ、炎の渦となり彼の者を焼き尽くせ”』
 同時にその手に宿るのは、赤々とした火焔。ごうという音とともに火の粉を散らし、炎は渦となってアレンへと向かってくる。
 防御か、攻撃か。数秒後にアレンを襲うだろう炎の渦に対して、アレンは迷うこともなく、攻撃を選ぶ。
 目前に迫るそれに、時間はない。なるべく短い呪文を、ただし最階位ではないものを選ぶ。
「“蒼き水よ、流れとなり、渦となれ”!」
 アレンが放った蒼く透き通る水は、渦を巻き、勢いよく影へと向かう。
 夕焼けを反射するそれは、赤色に染まり、まるで炎にも見える。
 しかし、あくまでもそれはアレンの水。炎と激しくぶつかり合う。
 そして、炎を相殺した。いや、アレンの水の方が格段に勝っている。僅かに勢いを失うが、そのまま影へと向かっていった。
(あ、すごい)
 初めて使う魔法に、その水の勢いにアレンは瞠目する。
 相殺できればいいというつもりで放った魔法だったが、その威力はアレンが予想していた以上だ。
 普段使う魔法よりせいぜい2、3階位上だというくらい。まだ下位魔法の範疇だ。それでも、これだけ威力が上がる。ならば、上位魔法はこれと比べるまでもないだろう。
 下位の魔法だけでなく、上位の魔法が使えることが、どれほど重要なのか。アレンは思い知った。

「“鋭き、流氷よ、舞い散れ”」
『紅の炎よ、舞い散れ』
 繰り返される攻防。
 それでも、アレンの魔法は、レオンの影へ確実にダメージを与えていた。
(戦いやすい)
 呪文は長く、慣れていないそれはまだ充分な速度で詠唱出来るとは言い難い。それでも、様々な対処が可能だ。
 例えば、一点に強く放つ魔法。逆に、多少威力は弱まっても、広範囲に届く魔法。同系統の魔法でも、同じくらいの階位の魔法でも、それは様々だ。
 使える魔法の数が多ければ多いほど、最も適した魔法を選択することが出来る。
「“深緑よ、舞え、踊れ”」
 影がレオンよりも弱いということを加味しても、手応えはある。
(……魔法って、こんなにもすごいんだ)
 自分の魔法を見つめながら、沸き上がってくる驚き。それと同時に、何処か高揚する気持ちを感じた。
「“凍て付く流氷よ、我が前の敵を一掃せよ”!」
 ガードの崩れた、レオンの影。その好機を逃すことなく、アレンは呪文を唱える。
 水泡は、まるで意志を持つかのようにうねり、レオンの影へと向かっていった。


 最後の水の魔法により、レオンの影は、砂の山が崩れるように消えていった。アレンがそれに勝ったということだ。
 アレンは、荒い息を整えながら、それが消えた場所をしばらく見つめていた。
「たったあれだけの時間で、高位魔法も簡単に使えるようになるとはなぁ」
 驚嘆と感嘆とを含んだその声に、アレンは我に返る。
 振り返れば、こちらを見つめるレオンと視線が合う。その唇端が上がり、ニヤリとした笑みを形作る。
 そして、レオンはつかつかとこちらに近寄って来たと思うと、ぐりぐりとアレンの頭を撫でた。
 その唐突な、予想外の行動に、瞠目してレオンを見つめる。
(誉め、られて、る?)
 その表情を盗み見るかのように恐る恐る見上げれば、これ以上ないほど破顔しているのが目に入る。
 頭を撫でる手が前後するたび、髪がくしゃくしゃになっていくが、心地良かった。
 心の奥底から湧き上がってくる、温かい感情。それが、嬉しさだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 そういえば、母親以外からアレンが褒められるのは、初めてだった。他人は、アレンにとってただ自分を否定するだけの存在でしかなかったのだから。
(この人のこと、信じてもいいかも)
 すぐには無理かもしれない。まだ疑うこともあるだろう。
 しかし、小さな花が目を伸ばすかのように、確かにアレンの中で芽生えた気持ち。
 アレンは、その温もりの心地好さに、ただそっと瞳を閉じた。



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