(負け、た)
 初めて、人に負けた。しかも、こんなにも呆気なく。
 拘束魔法を解かれたにも関わらず、アレンはその場から動くことも出来なかった。信じられない、とただ膝を付き座っていた。
 信じられないのは、周囲も同じだった。アレンの化物染みた強さは誰もが知っていた。だから尚更、今起きたことが理解できなかった。
 その場にいる誰もが、ただ二人を見つめていた。張り詰めた空気。誰も何も発言しない。身動きすらとれない。
 そんな状況下で、アレンはただ金髪の男を見つめていた。
 化物と呼ばれた自分以上の人間がいて、安心すればいいだけ。自分は化物ではないのだと、安心して、ほっとしていい筈なのだ。
 ――なのに、何故だろう? 湧き上がってくるのは、別の感情だった。
(悔しい)
 胸の奥で疼くのは、安堵などではない。負けたことに対する悔しさだった。
 男の、強く自信に満ち溢れた瞳に対する、悔しさ。自身に対する情けなさ、と言ってもいいのかも知れない。
「お前がバケモンなんじゃねぇよ、周りの奴等が弱いんだ」
 座り込むアレンに、上から振ってきたのは、男の声だった。勝者の笑みを浮かべて、彼はアレンを見下ろしていた。
 だが、それに不思議と苛立ちは感じない。見下されているとは思わなかった。
 男が纏う、気高さのようなもの、それが彼の勝ちは当然なのだと知らしめる。男は、誰よりも強い瞳をしていた。
 それに、酷く惹かれた。ただ、綺麗だと思った。彼のようになりたいと、湧き上がる憧憬。
「ったく、どいつもこいつも、そんなんで王を、国を守れると思ってんのか?」
 それは、アレンに向けてではない。アレン以外の人間、恐らく彼を化物扱いする人間に対してだった。
 周囲は、明らかに狼狽しながら、息を飲む。悔しくはあっても、言い返せないのだ。男にそう言われるだけの事実がある。そして、この男に言い訳など利かない。それ故に、男は言葉を止めない。
「簡単だよな、『化物』には負けて当たり前だもんな。強さを磨くよりも、自分の弱さを正当化する方が簡単に決まってる」
 嘲笑と怒り。それらを男は露にする。
 ただ安穏と、他者を貶めるだけ。自らをそのレベルに届かせようとするのではなく、優れたものを同じレベルに引き下げるという行為。そういったことをしているのだと、なんの自覚すらせずに。
 王立の魔法学園。優れた魔導士を目指しているような人間達がそのような状態など、あっていいことではない。
「逃げてるだけだろ、そんなの」
 男の言葉は、辛辣だった。
 それでも、そこにあるのは事実だけ。そして、己への自信と信念のような強さ。
 ただたじろぐだけの周囲に、男は諦めたように小さく溜息を漏らした。
「じゃあな、坊主。頑張れよ」
 そうして、頭に触れたのは、男の手だ。
 撫でるように動くと、すぐにそれは離れ、男もここを去ろうとしているのが分かった。

「ま、待って!」
 出した言葉は、思いの他に大きかった。
 引き留めずにいられなかった。
 背を向けて歩き出した男が、僅かな驚きをその瞳に宿し、振り返った。
「ぼ、僕に、魔法を教えて下さいっ!」
 言葉が、自然と零れ落ちてくる。
 それに周囲が驚きに揺れるが、一番驚いていたのはアレン自身だった。
 ――初めてだった。自ら、動くことなんて。
 化物染みた魔力を持ち、周囲から恐れられていた。いつしか、それに怯えて、縮こまって生きるようになった。力も、常に押さえて。これ以上恐れと侮蔑を向けられたくなかったから。力なんてなくなればいいと思っていた。
 だが、悔しいと思った。この男に負けて。
 この男に勝ちたい、この男を越えたい。この男のようになりたい。アレンは、そう思った。
「……いいぜ」
 少し考えるように間を置いた後、男は答えた。
 不敵な笑み、そう称すのが適切な笑いを浮かべて。
「コイツ、もらってっていいか?」
「え、ああ、はい! お好きにして下さいませ!」
 教員は驚きつつも、慌てて返答をした。誰も止めない。何の声も上がらない。
 その状況に理解が追い付かなかったのかも知れない。ただ、誰もが呆と見つめていただけだった。

 そうして、アレンは学校が学園を去った。
 あの学校では得られるものなど、もうないと思っていた。だから、構わない。



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