「社長はいつも忙しいから、と仰いますが、そんなもの言い訳にすらなりません。要するに、社長は彼女たちのことなど好きではなかったということです」
「耳が痛いな」
 歯に衣を着せることもない真っ直ぐな言葉に、彼は小さく苦笑を漏らした。
 彼女の言葉は全くもって正しい。向こうが付き合ってくれと言うから、付き合ってみた。それだけだ。だから、感傷も何もない。
「そもそも、今、急を要する仕事なんて何処にもないと思いますが。社長は仕事がお早い上に、仕事熱心ですから」
 それが分かっているのか、こちらへ向けていた視線を逸らし、わざとらしく溜息を吐かれた。
 彼が恋人よりも仕事を優先すること自体は、仕事をする上では全く困らない。寧ろ仕事の進みが早いと言うのは、秘書としては喜ばしいことだ。それ故に、彼女も彼の女性関係には口出ししてこなかったのだろう。
「何を考えてそう仰るかなど、私ごときには分かりませんけど」
 しかし、長年その行動を疑問に思っていたのか、全く理解できないといった様子で、その唇からは呟きが零れ落ちた。
 それに、彼女に気付かれぬよう、小さく息を詰める。
 何を考えているのか、か。ああ、そんなことは自分にも分からない。
 ――それとも、分かっていて考えないように、気付かないようにしているだけなのか。
 ちくりと頭痛がし、顔を顰めた。
 それ以上考えることを、頭が拒絶している。一種の警鐘のようなものだ。

「社長」
 自分はどんな表情をしていたのだろうか。
 休憩を求めるように、茶の入った湯呑がそっと差し出された。
 どうするか僅かに悩みつつも、すぐにその好意を受けとることにする。
 彼女が口を挟むのは、珍しい。それほどに自分は、傷付いているような顔でもしているのだろうか。
(いや、少なくともそれはないと言える)
 思案を巡らすが、即座に自ら否定する。
 そもそもが元恋人には何も期待していなかったのだから。傷付く謂れがない。
 求められたから、なんとなく付き合い始めただけだ。そこに自分の意志も、愛情もない。
(ああ、しかし)
 自らの自省に、目を逸らすように、視線が俯いていく。
 重くのし掛かるようなほの暗い感情に、気を抜けば盛大に溢れてしまいそうな溜め息を堪える。
 ――少しだけ。少しだけ、そんな自分に疲れを感じていないとは言えない。

「歳を重ねれば重ねただけ、言い訳ばかりなんですよ。自分への、ね」
 重苦しい沈黙を破ったのは、彼女の柔らかな声だ。
 小さな溜め息と共に漏らされたその言葉は、秘書として、部下としてではない。呆れつつも、何処か子供を心配するような優しいもの。
「君も、か?」
 だからだろうか。踏み込まずにいたラインを越えそうになる。
 秘書。仕事上のパートナー。それにしては不必要な、彼女の個人的な内容へと。
 心の何処かで警鐘がなる。
 そんな話は、仕事には全く関係がない。自分は上司で、彼女は部下ではないか。
 しかし、一度口にしてしまった言葉は引っ込められない。なかったことにはできないのだ。
 遠い目をして、呟くように彼女は言葉を紡ぎ出した。


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