彼女の専攻する楽器も、ヴァイオリン。彼とは、学内コンクールで1位、2位を争うような関係だった。
 時に会話はするが、別段親しいわけではない。言わば、「目の上の瘤」に近い。勿論、どちらも相手に負けを認めることはないので、正確なところはその例えは正しくはないが。

「君か。何か?」
 だから、屋上の扉を勢いよく開けた彼女に、驚きながらも彼がそう短く冷たい一言を紡いだのも、不思議なことではない。
 そして、その程度のことに怯む彼女でもない。気後れすることも遠慮することもなく、つかつかと彼に近寄ると、彼を糾弾するような強い瞳で見据えた。
「貴方の音が聞こえたの」
「それは光栄だな。聞き分けられるくらい、そんなに俺の音が好きか――」
「貴方の、情けない音色が」
 その饒舌な様子が不愉快で、彼女はそれを遮るように、短い、けれども彼の神経を逆撫でるには十分な言葉を言い放つ。
「情けないとは、失礼だな」
「違うの? 貴方の演奏らしくないわ」
「違う弾き方を試しているだけだ」
「いいえ、違うわ。貴方は自信をなくしているだけよ」
 彼の言葉を、間髪入れずに否定する。
 彼女には分かる。高校に入ってからずっとその音を聴いていた。意識していた。
 どんな曲を、どんな風に弾いていても、分かってしまうほどに。その聞こえてくる方角で、どこで弾いているのか分かってしまうほどに。
 気付けば、いつもその音色を追ってしまっていた。
 だから、そんな外面を取り繕っただけの言い訳なんて、通じる筈もない。

「君も嫌な女だな」
 誤魔化せないと悟ったのか、彼は溜め息を溢し、
 ――君がいるからおちおち落ち込んでもいられない。
 そんな、小さな呟きを漏らしたような気がした。
(当たり前よ。私と1位を競っていながら、その程度の演奏をするなんて許さないわ)
 非難するように睨み付ければ、その瞳に、消えていた闘志が宿る。
 下ろしていたヴァイオリンを構えると、彼は一曲演奏し始めた。
 彼女が、好んで弾く曲だ。


「これでいいのかな?」
 弾き終えた彼は静かにヴァイオリンを下ろすと、彼女を見やり、嫌味さえ感じるほどの不適な笑みを浮かべた。
 どこでも響くような力強い音色、聴く者の心を深く掴み続ける余韻、完璧なまでの美しさ。
(ああ、これだわ。私の心を掻き乱すのは)
 認めてやるのも悔しいので、彼女は小さく鼻をふんと鳴らし、顔を背ける。
 しかし、手厳しい彼女にしてはその反応は十分過ぎるもので。彼は笑みを深くした。

 素敵な音色だなんて、絶対に口にしないが。
 その音色に恋い、焦がれている。







END
2010.10.3

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お題/音


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