小説 | ナノ


あなたの存在が余りに眩しいせいで潰れた目を、何度もあなたに向けてしまう。
目は正直過ぎていけない。
柔らかくて、薄墨を溶かしたような色の艶やかな髪。いい香りがして、いつも眩暈がする。
長くはないけどくるっとカールしたまつ毛があなたにはよく似合っていて、星が爆発したような虹彩の瞳はこげ茶色。
派手なことは何もしていない爪は小さくて花びらみたい。
あなたの肌は霧を吹きかけたガラスのように艶めいて、頬は血色がよく上気している。
高くはない筋の通った鼻からはたまにご機嫌の鼻歌が聞こえてくる。
あなたの口は少し大きめでよく笑う。
笑っているあなた、恥ずかしそうにしているあなた、困っているあなた、私をみるあなた、その全てが私を少しずつ浸食していく。
触れない、聞かない、見ない、言わない。
そうする度に反対の感情が、途方もない程に暴れだす。
まだ絶望していない、だけど何がきっかけになるかはわからなくて私は泣いてしまいそうになる。

「あなたはわかっていない」

頭に疑問符を浮かべて私を見るその全てが答えなのだ。
私の気持ちはただ真っ直ぐあなたへ向かう。
あなたが異性ならば異性愛者に、だけど同性だから同性愛者になった。
男は汚らわしく、女は不気味だ。
私はあなた自身が好きなのだ、あなただからこんな気持ちになる。
私達はどこまでいっても仲良しだ。
あなたは何にもわからなくていい。
聞こえなくていい、見えなくていい。
その可愛い手に躊躇なく触れられる、好きな時に名前を呼べる、隣にいて良い香りの柔らかな髪を梳かすことも、お揃いのものを持つことも、隣で眠ることも出来る。
だけど私は一生をかけても、あなたの特別にはなれない。
選ぶと云うことは選ばなかった方を切り捨てるということだ。
私はいつか切り捨てられる。

あなたの隣に立つ、男という性に生まれただけの人間にどうしようもない悋気の炎を燃やすのだ。
私の方があなたをよく知っているのに、側にいるのに。
男は役に立たない、あなたに気を使えない。
あなたが欲する物、体調や環境、様々なバイオリズムに応じて準備することが出来ない。
私には出来る。
あなたが求めても、良くないものなら排除する勇気だってある。
私の全てはあなたのためにある。
私の大切なあなたが後からノコノコと現れた男に奪われるなど許せない。
ふざけて胸に触れたり、キスをしたり、私はこの立場を利用して幾らでも出来るのだ。
けれどそんなふざけた真似をあなたにはしたくない、出来やしない。
男など、私以外の存在など、あなたにとっては害悪にしかならない。
あなたを悩ませ、悲しませ、苦しませるだけの存在だ。

目まぐるしい努力を知らないから、女を美しく思う。
艶のある髪も唇も細い体、きめ細やかな肌も放っておいても綺麗なままだと思いたいのだ。

「私にはわかる」

あなたの内側の劣情すら私にはお見通しだ。
嫉妬や憎悪や厭悪に不安、あなたの顔を歪ませる全ての内側のもや、私は全て受け入れられる。
あなたの負の感情、全て引き受けて、私はそれに寄り添っていられる。
あなたの特別になりたい。
だけど、なれなくてもいい。
どんなことがあっても私はあなたの側で、あなたを大切に思って慈しむ事が出来る。
だから、どうかお願い。
私のものにならなくていい、誰のものにもならないで。

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