鬼の目にも涙


切腹にまつわる沖田と土方。

「総悟が死んだよ」

 それは避けられない決定事項であった。真選組の解体に伴い、幹部は散り散りにされた。土方や斎藤などは良い方で、近藤はその立場から政治利用されることとなった。政略結婚である。
 沖田に与えられた道は死であった。一騎当千の戦力は活かせば最強の味方になるものの、奴を使うのは難しい。

「そうか」

 致し方ない。敗軍に与えられる措置はいつだって残酷で、剣一本で出発し、勝者に反抗してきた組織はもうないのだ。

「斬首じゃないだけマシだろうな」

 侍としての最後を飾ることができたのは武士の情けだろうか。今この国の頂点に立つのは、侍を名乗りながらのらりくらりと逃げ延び生き延びた男だが、反面生き様や死に様を大事にしていることを土方は知っている。
 それか、沖田の家名が役に立ったか。沖田はあれでも武士の生まれであった。

「泣かねえのか。鬼の副長は健在ってね」
「もう鬼になる必要もねえだろ。単に……」

 覚悟があった、と言おうとして、バツの悪い思いでタバコのフィルターを噛む。沖田に関しては、誰よりもリスキーな場所に送り込みながら、絶対に生きて帰って来ると信頼していた。太陽のような男の魂に焦がれる限り。
 しかし、太陽と離され、組織すらなくなった今、あれは死に場所を失ってしまうのだから、この幕引きは相応しいのかもしれない。

「とっつぁん、あんたには感謝してるよ」

 松平が桂をあの座から引きずり降ろそうと奔走しているのは知っていた。本来なら仲良く晒し首の可能性だってあったろう。沖田を失った痛手は大きいが、他がどこかで生きている限り、まだ希望の糸は切れていない。
 積もった吸い殻に、埋めるようにして煙草の火を消す。いつも気づけば交換されていた灰皿に、山崎もいないのだと思い出す。

「トシ、機会を狙え。それまでは耐えろ」

 そう言って、真選組の親は去った。
 機会と言ったってこの片田舎で、刀ではなく十手ばかり振り回す日常に、機会など見出せるわけもなく。
 白い灰が書類に舞うのを煩わしく思い、灰皿を替えようとやっと重い腰を上げた時、春雨の降る軒先に、土方は幽霊を見た。

「総悟か」
「へい」

 自分が死んだとも気づかないのか、よほどの未練が奴を縛るのか、沖田は消える様子もなく、ズカズカと部屋に入って来る。
 消えてくれるな。願いながら、濡れた腕を掴むと、確かに感じたのは生きている人間の熱。

「真選組の沖田総悟は死にやしたよ。こいつが最後に斬ったのは俺でさァ」

 沖田は見慣れぬ洋装に、さす場所のない大小を抱えていた。短刀は見慣れた菊一文字である。切腹のために誂え直した相棒を掲げ、自嘲する弟分をただ見ていた。
 見失いかけた希望の糸が、鋼の強さを持って土方の目の前に落とされる。

「土方さん、あんた泣き虫ですねィ」

 沖田は意地悪く笑う。機は熟した。
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副長は泣かないけど土方はよく泣きそう。
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