宇宙のはじまりは卵やき


オールキャラ寄りのギャグです。


 花を愛でる風習と言うのは比較的いろんな星にあるように思うが、桜のように大木に咲く花を、しかもその儚さごと愛して、どんちゃん騒ぎにかこつける国民性を神楽は見たことがない。騒ぎたいだけではないかとも思うが、はらはらと暖色の花びらが舞う中で飲むオレンジジュースは一層美味しく感じたし、まだ底冷えがする春の始めは屋外で食事をするには適さないように思うのに、それでも土手の桜並木の下には多くの人々が集い、めいめいに花を見上げたり酒をすすったりしている。 
 風鈴の音、紅葉の絨毯、雪のベール。この星の好きな景色はたくさんあるが、その中でも一等、桜吹雪が好きだった。
 それは神楽だけでなく多くの人の思うところで、だから陣取りと言うのは花見を楽しむために一番重要なのである。
 二年ぶりの万事屋の花見で意気揚々と手ごろな木を見つけて、銀時から筵を奪ってスライディングでその根元に滑り込んだ。

「ふう、一番乗りアル」
 
 一息ついた瞬間、顔を上げる目に伸ばした両の手首に鈍く光る手錠がかけられる。
 神楽は見下ろす顔にガンを飛ばした。いわれもない罪で人をしょっ引くような公僕は神楽の知る限り一人しかいない。

「どけ。公務執行妨害でしょっ引かれてえのか」
「思い切り私服だろーが。思い切りオフだろーが。公私混同してんじゃねーぞコラ? 」

 言いながらかけられた手錠の鎖をプチっと千切った。
 立ち上がれるとそんなに身長は変わらないのがちょっと可笑しい。チワワのチワワみがより増した。
 宇宙を飛び回る間に成長期真っただ中にいた神楽の身長はかなり伸びたと思う。ロリ化も老化も会得したために本当の身長がいくつかは正直定かではないが。変身して戻るたびに目線こんな感じだっけ? ってなっている気がする。

「おーいそこ喧嘩すんな」
「今更場所取り合うような関係でもねえだろ」
 
 銀時と土方が後ろから気だるそうに窘めてくる。二年前には二人とも同じようにメンチを斬り合っていたにも関わらずだ。

「せっかく二年ぶりのお花見ですもの、みんなで飲みましょうよ」
「飲みすぎないようにしてくださいね」
「思い出しますねえ、二年前の花見。俺たちのディスティニー」
「あら、近藤さんてば二年でボケが始まってしまったみたい」

 楚々と酒瓶を抱えて現れるお妙、常識人枠の新八、存在しない記憶に囚われた近藤。役者は揃ったというのに、誰もこの戦いに乗り気ではない。むしろ合同で飲み始めようとすらしている。

「なんでコイツと仲良く桜見なきゃいけないアルか?」
「そうでさァ、俺は二年間この時を待ってたんですぜ」

 抗議する両陣営の末っ子二人に大人たちは聞く耳を持たない。
 銀時と土方はすでに互いに酌をして杯を満たして、一気にそれを煽っていた。アレ? これ構図的に二年前と同じじゃね?

「まあいい、二年、いや、連載開始から二十年越しの決着、つけようじゃねえか」
「泣いて許しを請うところを見下ろしてやるネ」
 指をぽきぽき鳴らして応えれば、沖田は好戦的に笑む。
「第二回! たたいてかぶってじゃんけんポン対決ウゥゥゥ!! 」
「毎回ハリセンとヘルメット持ってんのなんなんだヨ」

 かくして、戦いの火ぶたは切られた。


「えー、ルールは……要ります? どうせ道具使わず殴り合いでしょ? 勝者には、どうしましょう。場所取りったってみんなもう飲み始めてますし。つーか俺も飲みたいし。決着ついたら呼んでもらってもいいですか」
 
 申し訳程度に置かれた審判の山崎は、心底面倒そうにたたずんでいる。
 ゴングを待つ間もなく、拳を交わして得物をぶつけた沖田と神楽には、ルールも審判もあってないようなものだったが、ここは様式美と言うものだ。

「山崎さん、いてもいなくても変わらないですよ。飲みましょう」

 もう一人の審判である新八が、どこからか持ってきたコップに手際よくビールを注いで山崎に渡した。
「あ、ありがとう。この男だらけのむさいノリもあんまり得意じゃないからさあ、すみっこでしっぽりいこうか」

「あ、僕はジュースいただきます」
「あれ?新八君まだ成人してなかったけ? 」
「はい、十八です」
「……若いねえ」
「姉上も沖田さんも同じくらいからお酒飲んでましたけど、僕は銀さん回収しなきゃいけないので……」

 銀時と土方はク●イナーの小瓶を開けてやいのやいのと騒いでいる。

「これが今かぶき町のトレンドなんだよ」
「こんな甘い酒、ジュースじゃねえか。男は黙ってテキーラだろ」
「はー、土方くんわかってねえなあ。この青いやつに眠剤を混ぜてだな」
「おい、警察の前で犯罪を匂わせるな」
「そういうやつもいるから流行押さえて取り締まれよって」
 
 キャッチーなパッケージの小瓶はすでにいくつか転がっていて、回収が必要になるまではそう遠くないかもしれない。

「まあ、いい大人だし勝手に帰れるでしょ。というか新八君、沖田隊長より年下なのか……」

 沖田に首根っこをつかまれて無理やり審判に任命された山崎は、遠い目をして砂埃の中で乱闘する沖田と神楽を見つめる。

「四歳も差があってあんなに対等にやり合えるのもすごいですよね。僕神楽ちゃんに喧嘩売れないですよ。あ、普通に勝てないのもあるけど」
「やっぱ年上に囲まれてるのがアレなのかなあ。末っ子気分が抜けないっていうか」

 泡の消えたビールの水面にはらりと薄紅の花びらが落ちた。翳ってきたな、と見上げると、お妙がにこやかに立っている。

「二人とも、ちゃんと楽しんでますか? 」

 手には日本酒の瓶とオレンジジュース。さすが売れっ子キャバ嬢の気遣いは違う。

「ああ、どうも」

 ビールが入っていたコップだがまあいいか、と、そのまま飲み干してお酌してもらう。一口飲むと、ビールのかすかな苦みと日本酒のとろっとした甘さが混ざってあまり美味しくなかった。

「審判ってことで一応見守ってはいるんですけど」
「真剣勝負だものね。景品はどうするの? 」
「当の本人たちがアレなんで。決着つける気もあるのかないのか」

 新八がスモークチーズのフィルムをはがしながら、興味なさげに言う。二年を経てパワーアップした沖田と神楽の攻防を、常人がまともに観測できるわけもないのだ。

「でもせっかく集まれたんだし、景品がないのも寂しいわね。これなんてどうかしら」

 少し考える素振りで、お妙はタッパーを差し出した。

「まだ誰にも食べてもらってないの。改良を加えたとっておきの卵焼きよ」

 蓋を開くと、暗黒物質がビッグバンを起こし、タッパーの中で小宇宙を作りだしていた。

( 新八君……お姉さん、宇宙創造してるけど…… )
( ……止められなかった僕を許してください。僕も姉上と同じ咎を負います )

「あらなあに? こそこそして」
「いえ、なんでもないっす」
「試作品はさっき近藤さんに食べてもらったのだけど……」

 振り向けば、消し炭のようになった近藤が倒れている。

「近藤さんんんん」
「局長ォォォォ」

 返事がない。ただの屍のようだ。

「そんな……あの大戦を潜り抜けたってのに、こんなところで……!」

歴戦の猛将をもしのぐ劇物。山崎と新八は審判の立場をかなぐり捨てても、自陣の敗北を願わずにいられない状態になった。


 不穏な気配を察知して動きを止めると、沖田も同じように訝し気に臨戦態勢を解いている。突然沖田が覚醒でもしたのかと思ったが、目の前の対戦相手ではないらしい。
 なぜ? どこから? こんな行楽日和に殺意を向けられる心当たりなどない。

「神楽ちゃん、沖田さん!」

 明るく投げかけられた声の方向を向けば、顔を青くした新八と山崎、そして声の主であるお妙がにこにこと手を振っている。

「景品はこれよ! 二人とも頑張って! 」

 お妙が掲げる右手には、遠くからでもわかるほどの禍々しさを放つ特級呪物。
 沖田と神楽は顔を見合わせ、その応援に応えるように拳を固めて振りかざし、それぞれ自分の顔を思い切り殴った。

「うがあああ! 鼻折れたァ! ボキッつったァ! 」
「てめえ女の子の顔本気で殴ってんじゃねえアルゥ! 」

 鼻血を流しながら転がる沖田。涙を流しながらのけぞる神楽。あくまで相手にやられた体を装い、接触して転んだサッカー選手並みに痛がっている。

( ふざけんなヨ、この私がお前に花を持たせようとしてるアル。大人しく勝つヨロシ )
( 勝って死ぬくらいならテメーに負けたという汚名を背負って百歳まで生きてやらァ。お前が勝て )
( この二年でアネゴの卵焼きも進化してたアルナ…… )
( 卵焼きっつーか、夏●傑がスカウトに来るレベルの呪物じゃねえか )

「二人とも大丈夫?! 急に声かけたからびっくりさせちゃったかしら」

 お妙がおろおろと心配の声を上げた。

「だ、大丈夫アル。すぐ片付けてやるネ! ちょっと今ので残機が一個になったけど」

 神楽がゆらりと立ち上がる。

「心配無用でさァ。あーくらくらする、次食らったらもう立てねえかも」

 沖田は鼻血を袖で拭った。
 互いを獲物と見据え、ギラギラと睨み付ける二人の考えは一つだった。

( これで終わりネ )
( 完膚なきまでに )
(( 絶対に負けてやる ))

 勝敗を無視した魂のぶつかり合いが、今、始まる……


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スパコミの無配でした。
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