不連続の日々 仁王雅治夢小説。 ※社会人設定・ネームレス |
LINEの返信が遅いとよく怒られる。だから中学ぶりの(中学時代が十年も前のことだなんて、数字にすると驚きだ)、仁王からの連絡に三日後に返信したのは、本当にただ見ていなかっただけだった。 『飲み行こ』。その四文字に『いいよ』とだけ返した。そこから数回、数文字だけのやり取りをして、直近の金曜日に会う約束をした。 残業に勝てなくて予定より少し遅れた。先に店に入っていた仁王はびっくりするほど記憶通りだった。 「その髪色で仕事してんの?」 久しぶりとか、遅れてごめんとか、もっと他に言うことがあったはずなのに、ガヤガヤした居酒屋で一人ビールを飲んでいた仁王を見て浮かんだ疑問が開口一番に出てきた。 「フリーランスみたいな。最近仕事増えてきたけど親父の仕事手伝うのが主じゃき」 「へえ、なんの仕事?」 「一応インテリアデザイナーじゃけど、ほぼ雑用。お前は?」 「営業職」 「ふうん、意外」 「中学の時の私からしたら意外かもね。仁王くんは全然意外じゃないな」 「よく言われる」 ジョッキを二杯頼んで、鞄を置いて、小さな椅子に座る。すぐに届いたジョッキで緩く乾杯して、一口飲んだ。苦い。 「ビール飲むんか」 「別に好きってわけじゃないけど一杯目はビールかなと思って。煙草吸っていい?」 「煙草吸うんか」 「仁王くんは吸わないの?」 「吸ったことあるけどまずいぜよ」 「吸ってそうな風貌なのにね」 「お前は吸わなそうな風貌なのにな。吸ってるとこ見たい」 そうだ、だってずっと優等生で、どちらかと言えば大人しくて、型にハマったような人生しか送れなかったから、中学時代の自分はずいぶん息苦しかった。少しずつ息がしやすくなるように、少しずつ枠からはみ出るようにして、今の自分になっていった。 リクエストにお応えして一本取り出し火をつけると、仁王は興味深そうに煙を目で追っている。自分がベランダで煙草を吸ってる時の、窓から外を見ている猫と同じ目だった。 「この間男テニ集まってたよね」 「そう。その日に、参謀が中学ん時からまだ付き合ってるって話してて、お前のこと思い出して連絡した」 「丸井くんのインスタ見てめっちゃ楽しそうだった!いまだに仲良いよね」 「ほとんど持ち上がりじゃき」 中身のない会話をしているうちにグラスが空いたのを仁王がめざとく見つけて店員を呼んだ。 「ジョッキと、お前は?」 「ハイボール。あと枝豆と冷やしトマトと、何食べる?」 「チャンジャ食える?」 「うん」 「じゃあそれもください」 店員が去った後にお通しを箸で突きながらドリンクを待つ。 「空白の十年間何してた?」 「別に空白って訳じゃないじゃろ」 「うーん、仁王くんは逆に意外性がなさすぎて、中学時代の仁王くんがそのまま来たんじゃない?って感じ」 「お前は変わった」 「そうだね」 「って思ったけど、テーブルに溜まった水のところにジョッキ戻すの変わってないぜよ」 「どういうこと?」 「お前テスト勉強するとき自販機でお茶買ってたじゃろ」 「うん」 「置いたところに結露が垂れて水が溜まるじゃろ」 「うん」 「絶対そこにしか飲み物置かん」 「そうかも。え、そんな昔から?」 「そんな昔から」 ニヤニヤとこちらを見ている仁王の顔は昔通りだ。もしかしたら今見ている仁王は中学時代のモノマネなのかもしれない。 そんな馬鹿げたことを考えていたら注文が届いたので、炭酸がぱちぱちと飛沫を上げているハイボールを一口飲んだ。 冷やしトマト食ってええよ、と言われて、仁王は野菜が苦手だったと思い出した。 入店が遅かったから思ったより時間は早く過ぎて、追い立てられるように店を後にする。遅くまでやっている店を探したから周辺はもう看板仕舞いをしていた。 「お前駅どっち」 「こっち」 何も言わずに自分の線とは反対方向に歩き出すのも昔のままだ。 「終電は?」 「なくなったら弟呼ぶぜよ」 「車かあ、いいな」 「乗ってく?弟の車シャコタンじゃけど」 「いや、いいや。実家の前にシャコタン停まったら親びっくりするよ」 駅の近くまで来ると通りも明るく、終電間際の早足の人々がぱらぱらと歩いている。 「この辺でいいよ、電車で帰れた方がいいでしょ」 そう言って顔を見上げると、仁王は目を逸らしてするりと指を絡ませてきた。夏の湿気に反して仁王の指は乾いていて、看板の明かりに照らされた手の甲はやはり記憶通り焼けていた。まだテニスを続けているのだろうか。 「そういうつもりだった?」 「……いや」 「私帰るよ」 「うん」 「お酒好きだし煙草も吸うけど、まだコンビニのアイスも好きだよ」 「うん」 「また遊ぼうね」 「うん」 緩くつながった手がどちらともなく離れて、まだ終電まで時間はあったが早足で改札に向かう。 聞こえるか聞こえないかの声で、ごめん、と聞こえたから、振り返って手を振ってまた歩き出して、その後はもう振り向かなかった。こんな形で大人になったことを、自覚したくなんかなかったのに。 - - - - - - - - - - 再会して終わる男女の話好きなんですよね。 |