友達の話なんだけどって言う奴大体自分の話


沖田の恋愛相談を盗み聞きする神楽。


 毎週金曜日の朝は地域のゴミ拾いに参加していて、これは最近の私の週課だったが、今週は主催のおばちゃんが実家に帰るとかでなくなった。いつもは銀ちゃんが起きる前に家を出て、新八が出勤した後に帰ってくる。だから金曜日の朝、毎週万事屋に客が来ているなんて知らなかったのだ。
 目を覚ますと居間から聞こえてくる話し声。私の寝ている押し入れは居間にあるから、万事屋の営業が開始して客が来ようものなら出るに出られなくなる。いつもならお客さんが来た時点で銀ちゃんが起こしに来るのだが、今日はたぶん私が万事屋を出ていると思ったのだろう。
 お客さん、すぐ帰ってくれるかな、と襖越しに様子を伺う。
「沖田くんまた来たの」
「ひでーな。ちゃんと依頼料払ってるじゃないですか」
 なんだ沖田か。じゃあこのまま出て行ってもいいか。
 そう思って襖に手をかけたが、はた、と思い直した。沖田が毎週私がいない時間帯にここに来ていて、銀ちゃんが何も共有してこないと言うことは、あまり人には聞かせたくない話をしているのではないだろうか。ひいては沖田の弱みを握れるチャンスかもしれない。
 突然の天啓に私は嬉々として気配を消した。二年間の宇宙での修行で得たこの技、こんなところで活かせるとは。
「これは友達の話なんですけど」
 ハア?絶対嘘ダロ。沖田に友達がいるわけない。それにこういう切り出し方の話はだいたい自分の話だと相場が決まっている。
「あーね。またその話ね」
 銀ちゃんのだるそうにあしらう声が聞こえてくる。鼻をほじりながら聞いている様子が目に浮かぶようだ。また、と言うことは、沖田が銀ちゃんに相談するのは初めてではないらしい。どんな弱みが知れるのかワクワクしながら、息を潜めて襖に耳をくっつけて、沖田が二の句を継ぐのを待つ。
「結婚式は神前式と教会式どっちがいいと思いやす?」
 知らねーヨ!そんなこと他人に丸投げするな!
 私は心のちゃぶ台をひっくり返しながら思わず突っ込む。
「何、友達結婚すんの?この前聞いた話じゃまだ飯行っただけだったけど」
 そうだ、話の切り出し方的に沖田の話かと思ったが、流石に結婚なんて話聞いたことがない。本当に友達の話なのかもしれない。
「いや、まだ先の話ですが」
「ふーん。じゃ付き合ったの?」
「いや、まだ先の話ですが」
「ふーん。じゃ今日なんの話しにきたの」
「昨日例の女と飯に行ったらしいんですが」
 え、何コレ。結婚式の相談しておいてご飯行っただけ?沖田にしろ友達にしろ怖い。怖すぎる。
 襖の向こうで銀ちゃんは黙っていて、沖田は銀ちゃんの反応を待っている。
「……先週も先々週も『これは友達の話なんですけど』から始まって妄想を通って飯行ったって話しか聞いてねえんだけど。俺も暇じゃねえんだけど。再放送ですかコノヤロー」
 恐らく元より興味のない恋バナに付き合わされている上、ひとつも進展がないことにご立腹なようだ。
 そうこうしているうちに新八が出勤して来て「あ、沖田さんまた来てたんですか」とお茶を用意する気配がする。新八にも公認らしい。
「で、今日はなんの話しにきたんですか?」
「俺の友達が昨日例の女と飯に行ったらしいんだけど」
「……僕、タイムスリップしちゃったんですかね?」
 確かに銀魂ならありそうなネタだけど。心底不安そうな新八の声が逆に残酷である。
「ちげーよ、沖田くんのトモダチは女と六回飯行って一つも進捗ねーの」
「なんだ、よかったあ」
 ちっとも良くない。新八に悪意がないところが最悪だ。
「六回二人で飯行ってなんも進展ないことあります?」
 深刻そうに言う沖田。確かに。よっぽど男側がチキンかよっぽど女側が鈍感かだ。
「昨日はその女が肉が食いてえって言うから、ハンバーグ屋に連れてったらしいんですけど」
 ふむふむ。沖田は昨日の昼に私とハンバーグを食べたから、もしこれが沖田の話なら夜にも好きな女の子とハンバーグを食べに行ったことになる。流石に昼も夜もハンバーグってことはないだろうから、これは友達の話アルナ。
 ってなるかァ!私は鈍感ヒロインではない。どちらかと言えば人の機微には聡い方だと思う。それでもこちらとしては本当にご飯食べて喧嘩して帰ってきただけのつもりだった。
 突然降って湧いた腐れ縁との恋愛話に心臓が爆速で打っている。胸キュンとかじゃない。気まずすぎて。次会ったらどんな顔してれば良いアル。
「あー、ね……神楽も昨日ハンバーグ食いに行くつってたな」
 ほらバレバレだヨ!銀ちゃんも新八もどう言うつもりで送り出してたネ?!沖田とも気まずいが新八と銀ちゃんとも気まずい。相談する人選をちょっとは考えてほしい。
「うーん。でも神楽ちゃんは沖田さんのことご飯食べさせてくれる人くらいにしか思ってないですよ。昨日もデート(笑)の前にそれとなく聞いたらハンバーグかステーキかの二択で悩んでましたもん」
 沖田さんって言っちゃったヨ。あれデートのつもりだったアルカ。新八もちょっと笑っちゃってるアル。いつものフォローはどうした。
 そうだ。昨日は出かけようとしたら呼び止められて、どこに行くのか聞かれたから、ステーキかハンバーグのどちらを食べようか、ステーキならステーキソースにしようか和風ソースにしようか、ハンバーグならデミグラスにしようかラクレットにしようか悩んでいることを伝えて外に出た。入念な検討の上、結局期間限定のキノコのクリームソースのハンバーグ300グラム(ライス付き)をご馳走になった。美味しかった。
「友達の話っつってんだろィ」
「あ、すみません。えっと、Oさんの好きなKちゃんは……」
 仮名にしろもうちょっとぼかし方あるダロ。
「いやもう良いだろ、そもそも前提がおかしいんだよ。沖田くんに友達がいるわけねえんだから」
 その通りだけどそれを伝えるのは優しさがなさすぎるヨ銀ちゃん。
「まあ友達の話って切り出された恋愛相談って大体自分の話ですよね」
「俺にだって友達くらいいまさァ」
「猫に餌やってるじいさんだけだろ」
「あと引きこもりのヒロくんも」
 じいさんと引きこもりと友達になれるなら同年代の友達作る方が簡単な気がする。
「どう考えてもどっちも女と縁ねえだろ」
「ヒロくんは彼女いますぜ。ネトゲで知り合った女子高生」
「ネットで知り合って交際かあ、時代ですね」
「顔見たことねえらしいですが。最近彼女のお母さんとお父さんとお姉ちゃんと叔父さんとペットの亀が入院して大変らしいでさァ」
「何その雑な詐欺の総結集。警察が放っといていいわけ」
「幸せならオッケーです」
 脱線していく会話に露呈する沖田の職務怠慢。今起きた体で出て行っても許されるだろうか。沖田の弱みを知るべく息を潜めていたが、流石に藪蛇がすぎる。襖の端に手をかけて、白々しくあくびをしながら開けようとした。
「じゃあこれは別件で俺の話なんですけど」
 口を閉じて襖から手を離す。入りづらい話題をぶっこむな。最初っから自分の話しかしてないアル。
「娘が結婚相手として俺を紹介したらどうしやす?」
 先走りすぎている。付き合ってすらいないのだが。
「えー……嫌だなあ……」
「俺も嫌だなァ」
「人斬りにゃ娘はやれねえって訳ですか」
 しみじみと言う新八に同調する銀ちゃん。そして勝手に悲劇のヒーローモードに入る沖田。
「それは別に良いんだけどさァ、お前って性格破綻してるじゃん」
「性癖も破綻してますし」
 フルボッコである。コイツにも良いところあるヨ、たぶん。ちょっと今思いつかないけど。
「流石に好きな奴には優しくしまさァ」
「ちょ、見て。お前の口から出る『好きな奴』ってワード寒すぎてサブイボ立ったわ」
「失礼な」
「具体的にどう優しくするんですか?」
 私が沖田に昨日鼻フックを決められたことを知っている新八が、取りなすように質問する。
「車道側歩いたり」
 頑なに右側を歩いていたのはそう言うことだったのか。利き腕を封じられているのかと思っていた。
「傘持ってやったり」
 武器を奪われまいと必死に抵抗した記憶がある。
「まあ俺には好きな奴いないんで。これは例え話ですが」
 例え話にピンポイントで夜兎のキーアイテムを持ち出して来るな。
「つーかさァ、毎度飯行っただけの話聞かされる俺らの身にもなってくんない」
「沖田さんは、ゴホン、お友達のOさんは、結局Kちゃんとどうなりたいんですか?」
 うんざりしたように言う銀ちゃんのフォローに回るように、まったく建前の体を成さない問いを新八が投げかけた。
「さあ」
「オメーの話だろォォォ!」
「友達の話でさァ」
「もう良いんだよそのフリはァ!」
「友達曰く……」
 ここまで友達の話と言い張る頑なさは何なんだ。
「……恋とか愛とか、テメーにゃ無縁のもんだと思ってて。人斬って生きてる分際で、人を好きになるなんておかしな話で。今更優しくする方法もわかんねーし。飯食って笑ってるとこ見られるだけでいいっつーか」
 まとまらない思考を咀嚼するように、沖田は言った。
 思いがけない真面目な回答に銀ちゃんも新八も口をつぐんでいる。
 ああ、そうか。沖田はたぶん。
「じゃあこれは俺の友達の保護者の話だけど」
 銀ちゃんが諭すように口を開いた。
「当事者意識もねえ、自分がどうしたいかもわかんねえやつに娘はやれねえよ」
 沖田はたぶん、自分の恋愛感情に、私に向けた大きな気持ちに、どう向き合えば良いのかわかっていないのだ。友達の話という体でしか、それを口にすることもできないのだ。
 私は襖に耳をくっつけたまま、どうすればいいのか考えていた。この状況についてではない。私がこれから沖田とどう向き合えば良いのかと言うことだ。
 沖田のことは嫌いだ。でも沖田とする喧嘩は嫌いじゃない。最近行くようになったご飯の穏やかな時間も、しっくりこないわけじゃない。
 とは言え、六回私をご飯に誘った沖田が未だ答えを出せないように、突然沖田の気持ちを知った私がどうすれば良いのかなんてわかるはずもなくて。今はまだ、このままでいいのだろうか。
 聞かなかったことにして、いつも通り喧嘩してご飯食べて、そうするうちに見えて来ることもあるかもしれない。
 そう結論づけて、まだ出られそうにない外の様子にひとまず朝ごはんは諦めて、二度寝に入ろうとした。が、しかし。
「うわっ……?」
 狭い押し入れで襖に耳をくっつけていた私の、痺れた足がもつれて倒れ込む。よりにもよって、外に向かって。
 襖ごと薙ぎ倒し、居間にスライディングで登場。全員の視線がこちらを向く。視聴率百パーセント。
 顔を上げると新八が沖田の前から下げようとした湯呑みを取り落として割った。銀ちゃんはゲンドウポーズのまま動かない。ポーカーフェイスに徹する沖田の顔は、汗でぐっしょり濡れていた。
「か、神楽ちゃん、いたの……?」
 新八は取り繕うように、銀ちゃんの前のコップに手をかけてそれも割った。
「と、友達の話してたアルナ?」
「……ああ。と、友達の話でィ」
 誰も何も誤魔化せていないのに、建前だけが虚しく響く。どうしよう。あまりにも気まずい。

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気まずい沖神アンソロに寄稿させていただきました。楽しかったです。
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