死神 沖田と死神の話。 |
ふと目を覚ますと枕元に死神が立っていた。立っていたと言うか浮いていた。 足元ではなく枕元に死神が立った病人は間もなく死ぬと言う。じゃあなぜ足元に立っているパターンがあるのか、なぜ若くてピンピンしている自分が死ぬんだかさっぱりわからないが、とにかくそういうことになっているらしい。 せっかく目の前に死神がいるので問いただしてみようとすれば、死神はおどろおどろしく見下ろしているのかと思いきや、船を漕いでいるようである。寝ている死神は初めて見た。いや、死神自体初めて見たけど。 こりゃ幸いと沖田は枕を移動させて死神が足元に来るように寝直した。 「アジャラカモクレン、テケレッツのパー」 手を二つ鳴らせば、死神は驚いた顔をして(髑髏に近い顔だがたぶん驚いていた)、パッと消えた。 落語ならこの後死神が抗議に来るはずであるが、自分の蝋燭はもともと燃え尽きるはずで誰のものとも交換はされてないのだろうから、サゲをどうするべきか。適当に土方の寿命を拝借しようか。 せっかくだから次に死神が現れたらどうして足元に立ったり枕元に立ったりするのか聞いてみようと思っていたら、次の日の討ち入りで現れた。沖田の頭上をふよふよと浮遊するのが邪魔くさかったので浪士と一緒にぶった斬ったら、死神は悲しそうな顔をして(たぶん悲しそうな顔だった)、パッと消えた。 「……沖田隊長、今何斬ったんですか?」 隣でチャンバラしていた山崎が沖田の奇怪な動きをめざとく見つけて恐る恐る聞く。 「ハエ」 戦場に死神が出たなんて縁起が悪そうだから沖田なりに気を使ったのだが、逆に戦場で羽虫に構う沖田を不気味に思ったようで、そうですか……と引き気味に返して来た。その日の討ち入りで死人は出なかった。 沖田が次に死神に会ったのは討ち入りの翌夜で、例によって枕元で船を漕いでいたので、自分のことは棚に上げてずいぶん職務怠慢な死神だと呆れてしまった。 まだしばらく死にたくはないので、また死神が足元に来る様に寝直して、 「アジャラカモクレン、テケレッツのパー」 手を二つ叩く、その前に、死神が目を覚ましてすごい速さで沖田の腕を掴んだ。 「なんでェ、死神って触れんのかい」 「待て待て待て。3回も撃退されたとなりゃクビだよクビ」 「そりゃ職務中に寝るのが悪い」 「あんた人のこと言えんのか」 「間違いねえや」 「こっちはもう給料半分カットされてんだよ。今月の家賃すら危ういんだよ」 「家賃は月収の三割に抑えるのがセオリーだぜィ」 「都心は家賃高いだろ」 「都心に住んでんのかよ。魔界とかじゃねーのか」 「交通費が五万までしか出ねーんだ。魔界からだと遠いし金かかるからってこっちに住んだのが間違いだった」 「世知辛いねェ」 公共交通機関で出勤していることにもツッコみたかったが、死神の労働環境がなかなかブラックであったので、そっちの方が気がかりだった。もとより沖田はボケ寄りのキャラである。 衣食住完全補償のうち(真選組)ってかなりホワイトなのでは?給料もそこそこ良いし。多少命の危険はあるが。 「てことで頼む!死んでください」 沖田が自身の労働環境にありがたみを感じていたところに、突如死神がどこからか大鎌を取り出して振りかぶったので、菊一文字で受け止めた。 「動きがなってねえなァ」 「普通止めないからね?みんな無抵抗で天に召されるからね?」 「死にかけの人間しか相手にしたことねーんだろ」 「いやあんたも死にかけなんだよ書類上は」 「理由もねえのに死ねねえな」 「大丈夫だから、痛くしないから!優しくするし。先っちょだけで良いから」 「そう言う奴はなし崩しに最後までやるだろ」 大鎌と菊一文字をギリギリと競り合わせながら、緊張感のない生死の攻防をしていたが、死神が諦めた様に獲物を下ろした。 「じゃあわかった、最期に一個だけ願い叶えてやる」 「ええ?一個だけ?」 「あ、でも俺のできることで会社にバレない範囲でね!お願いします、妻子もいるんです」 「それ死ぬ側の台詞じゃね?」 沖田も鬼ではないし、妻子持ちの死神を路頭に迷わせるのはなんだか気が引けたが、死ぬ直前なんて特大イベントで一介の死神のできる範囲で叶えられる願いなどなさそうである。 「俺の代わりに他のやつ殺すってのは?」 「うーん。相手による」 「土方十四郎ってやつなんだけど」 そう言うと死神はどこからか出したタブレットを開いて、データベースを確認した。 「あー、ダメだね。寿命めっちゃ残ってるもん」 「なんでェ、早く死ねば良いのに」 「他になんかねーの?」 「えー……あー、じゃあアレ見せてくれィ。蝋燭」 なんだかもう面倒になってきたし、せっかく願うなら死神にしか頼めない様なことがいいと思った。 「蝋燭ってあの寿命管理してるやつ?」 「そうそう」 「そんなんで良いの?」 「もうめんどくせーし。お前そんな大したことできねえだろ」 「俺としてはありがたいけどさあ。つーかなんでそんな死神事情に詳しいわけ?」 「円●師匠のおかげだなァ」 「ふーん。ま、いいや。着いてきな」 そう言って死神はふよふよと襖をすり抜けて部屋を出た。沖田には触れるが無機物はすり抜けられるのか。そう言えば山崎にも見えていなかったようだったから、死が近い人間にしか干渉できないのかもしれない。 ずいぶん歩いた気がするが、時間の感覚もおかしくなっている。そもそもここは現世だろうか?着いたのは闇夜に溶けたさらに暗い洞窟で、沖田のイメージ通りだった。あの落語を作った者は本当に死神に会ったのかも知れない。 中に入ると、数千本の蝋燭が煌々と燃えていた。長さはまちまち。 「これがあんたの大将の蝋燭で、こっちが土方十四郎の蝋燭だよ」 それはどちらも長い蝋燭で、安定した炎を湛えていた。 「ふーん。長生きしそうだなァ」 そう言って沖田は土方の蝋燭を吹き消そうとした。 「ムガッ」 焦った死神に口を塞がれる。 「ちょっと!!!ダメだって!まだこんなに寿命残ってるんだから!」 「わーったよ。ただのお茶目だろ」 「お茶目で人の命を散らそうとするな」 沖田は土方の抹消を諦めて死神に向き直った。 「んで、俺の蝋燭は?」 「ああ、これさ」 死神が指差したのは、近藤や土方の蝋燭よりいくらか長い蝋燭で、先端の炎も消えそうな様子などなかった。死神にストーカーされるくらいだから今にも燃え尽きそうな状態を想像していたが、これは一体どう言うことか。 「死にそうにねえけど」 「そうさ。だから俺らが動いたのさ」 そう言って死神は、明るく灯る蝋燭の影にひっそりとある蝋燭を指差した。長さはあったが火が消えている。よく見ると、他にも幾つか明かりに紛れてひっそりと、火の消えた長い蝋燭が隠れている。 「どういうことでィ」 「蝋燭が燃え尽きる以外に人が死ぬ理由は二つある。自殺と殺人だね。これは人の運命を変えちまう。だから大罪なのさ」 死神はつらつらと述べた。髑髏の様な顔に感情は見えない。 「あんたが変えた運命は幾つだ?」 長いまま消えた蝋燭の全てが沖田の手によるものだとは思わない。しかし数を問われて把握しているほど、沖田が消した蝋燭は少なくない。 「つまるところ、あんたは人を殺しすぎたのさ。死神の仕事が追っ付かないんだよ」 「……御高説痛み入らァ。じゃあ聞くが、爆弾テロで百人死んだらどうする?悪事を企むやつがなんの罪もない市民の命を散らしたらどうする?おめーが犯人を殺しに行くのかい?」 死神は黙った。こいつめんどくせーな、という顔をしている。 「こっちも仕事なもんで」 沖田はニヤリと笑って、死神を斬った。 「え、」 「珍しいもん見せてくれてありがとなァ。あとお前死神向いてねえから辞めな」 この諫言が聞こえているかわからないが、辞めるまでもなく3回撃退されてクビかもしれない。 「ああ、消える……」 死神は戸惑いながら、パッと消えた。 - - - - - - - - - - 落語と銀魂って親和性高いよねっていうのと沖田と円●師匠を絡ませたかったのとなんか突然「枕元に死神が立ってたけど寝る向きを変えて事なきを得た沖田」が降って来た |