0th kiss


キスする沖神。


 獣が潜んでいるのかと思った。現代日本の、このネオンに照らされた煌びやかなかぶき町で?馬鹿げている。
 その獣は煌びやかな大通りを逸れた、路地の更に奥にいた。ホームレスが寝床にするか、正体を無くした酔っ払いが朝を迎えるような暗がりで、よっぽど人通りなどない場所だった。
 神楽が近づくと真っ黒の獣が警戒するようにこちらを見る。光源は神楽が背にする看板の灯りくらいだから、神楽の方からはよく見えない。
「……チャイナか」
 神楽をそう呼ぶのは一人しかいない。その声に安堵が滲んでいるのは気のせいじゃないはずだ。
 沖田は手負いだった。暗くてよく見えないが、はしばみの髪は酸化した血液で赤茶にパサついている。黒い隊服は闇に溶けてどんな有様かはわからなかった。
「一人で死ぬ気かヨ」
「ハッ、誰が死ぬかよ」
「もっと見つけてもらえるとこ行けヨ」
 言いながら真っ黒な上着を脱がせたが、中のシャツは赤く染まって夜目にはそう変わらなかった。沖田の血だろうか?
「怪我は?」
「……」
 沖田は黙っている。ならば勝手に剥くまでだとシャツまで脱がせようとしたが、その時に触れた自分より二回りは大きな手がぬるりと滑った。温かい。おおかた腕か肩だろう。
 暗くて手当もおぼつかないから、真選組に連絡を入れるか最悪救急車を呼ぼうと血液でじっとり重くなった上着の内ポケットを弄った。
「携帯なら壊れたぜ」
「お前私が通らなかったらどうする気だったアル」
「どうにでもならァ。止血剤取って」
 言われて再びポケットに手を突っ込めば、飴玉みたいな気安さで錠剤が二錠出てきた。
 水もないのに飲み下すにはそこそこ大きいそれをシートから押し出して、神楽は自分の口に含む。ラムネを食べるように噛み砕いたが、味は粉っぽいだけで美味くはなかった。
 そのまま沖田の唇に自分の口を押しつけて、砕いた止血剤を流し込む。唇は冷たくて、誰のかわからない血液の味がした。沖田は抵抗もせず嚥下すると、自嘲気味に笑う。
「この暗がりだからお前、俺とキスできたんだろうな」
 神楽は呆れて嘆息した。これをキスに数えてなんかやるものか。
 言ったきり、沖田は目を閉じて弱く寝息を立て始める。担いで一歩路地の外に出れば看板の灯りが目に刺さる。通りがかった酔っ払いがこちらを見てギョッとしたのを無視して、血で滑る腕を掴み直して屯所に向かった。

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「パプリカは別に沖神じゃないんだけど「この暗がりだからお前、俺とキスできたんだろうな」ってセリフは返り血浴びてる沖田に言ってほしい」2017/11/11のツイート
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