少女
寝ている神楽と苛立つ沖田の沖神。

 暦の上ではもう春だと言うのに雪が降っていた。
 今日片付いた山の報告書をほっぽって刀の手入れをしていると、ひょいと近藤が顔を覗かせる。

「総悟、万事屋に連絡入れたからチャイナさん送ってやれ」

 これ以上ないくらいにしかめ面をすると、近藤は眉尻を下げて頼むよ、と言った。

「みんな出払ってるんだ。パトカー使っていいから。な?」

 神楽一人屯所に泊まったところで特に不都合はないのだ。神楽が目を覚ましたら帰らせればいい。それでも近藤は神楽を思いやり、この雪でも家に帰してやろうと沖田に頭を下げる。近藤の実直さに沖田は弱い。どうしたらこんなに真っ直ぐ育つのかと、齢十八ですでに捻くり曲がっているこちらとしては感動すら覚える。ふいと顔を逸らして言葉少なに承諾すれば、近藤は相好を崩して礼を言った。すれ違いざまにわしわしと頭を撫でるごつい手は、出会った頃から変わらない。


「あ、車スタットレス履いてるの出しときましたから」

 忙しそうに山崎が言う。今回の山が片付いたのは山崎の奔走が大きい。らしい。
 万事屋の誰も、渦中の神楽ですらも、何も気付かぬうちに全て終わった。神楽が拐われてから三時間に満たないスピード解決だった。

 用意されたパトカーの後部座席で、神楽はぐっすり眠っている。丸一日は起きないという。

ーーつまんねーもんに引っかかりやがって。

 舌打ちを一つ。
 運転席に乗り込むと、車内の空気は冷えていた。暖房を入れ、コートを脱いで適当に後部座席に投げて出発する。
 雪が降るとどうしてこうも明るいのだろう。月も、星の一片すらも厚い雲に覆われているのに、白い雪は何故か仄かに発光して道を照らす。ヘッドライトがちらちらと舞う雪を閃かせていた。
 暖房の効いた車は、冷たい雪を舞散らす。
 誰も居ない道で信号が無感情に赤に変わる。車を停めて意識が運転の外に向くと、沖田の脳は数時間前に引き戻された。
 冷たい倉庫で売られるのを待つ女たち。その中で一際目を引く桃色の髪。

 小さい子にはお菓子、年頃の娘はかんざしを餌に、それなりに育った女性には実力行使で。ベタな手口でかなりの人数を捌いてきた誘拐犯組織をしょっぴいた。

『御用改めである!』

 こちらもベタな切口上で押し入った奴らの巣には、下は右も左も解らぬ園児から、上は男女のいろはを知り尽くした熟女まで、とにかく取り取りの女が眠らされていた。様々なニーズにお応えした結果、女の見本市になった様な現場だ。そしてその中に神楽はいた。

『ああ、ピンク髪の娘ですか。あの娘は十三か十四くらいに見えたんで、かんざしで釣ろうと。そしたらチャラついたもんに興味ないってんで、こちらとしてもあんな上玉は逃し難くて、駄目元で菓子で釣ったらこれが釣れちまって。いやあ、実力行使はできる限りしません。抵抗されて傷でもついたら事ですからね、あくまで紳士的に。それにしても最近の子は発育がいいからなあ、あの娘ももっと幼いのかもしんねえ』

 リーダー格の男はよく喋った。商売人気質の犯罪者は人当たりが良く、残酷である。女を商品としてしか見ていない。女の人生など気にも留めず、売り払えばおしまいだ。彼らにとって商売に善も悪もない。ただ今回の商品が法に触れただけ。マーケティングの研究の様に、最近の娘の傾向を述べていた。自覚している悪より、無自覚な悪の方が闇は深い。

 糸の切れた人形のように眠る女達の中に違和感なく紛れる神楽。
 菓子に釣られても、いくら強くても、沖田がそうと認めなくても、どうしたって神楽は女だった。
 ちりっと脳裏を焼くような苛立ちを、振り払うようにアクセルを踏む。青だ。
 上がるスピードに舞い上がる雪。後部座席の神楽は振り払えない。沖田の心臓を焼く感情の元は、雪道を走る同じ箱の中で眠っている。

ーー女ってだけで売られそうになってんじゃねえ。


 人っ子一人いない道からネオン街を抜ける。かぶき町では、女でございと色気を武器にした姉ちゃんたちが呼び込みをかけている。胸や尻が強調されたドレスは見るからに寒そうだ。
 姉は女だった。しかし姉だった。沖田の世界の始まりに男と女はいなかった。沖田が物事を理解するより早く、最も身近な男女であるはずの両親は他界していた。

 万事屋には思ったよりも早く着いた。暖色の灯りが漏れている。
後部座席のドアを開ければ、隊服と揃いの大ぶりなコートの中で、ぬくぬくと寝こけている神楽がいる。

「おい、起きろ」

 揺すってみるがまんじりともしないので、仕方なく力の抜けた神楽の身体を起こし、脇の下に腕を差し入れる。次に膝裏に手を回そうとして、止めた。
 一呼吸置いて、右肩に引っ掛ける様にコートごと神楽を担ぐ。存外軽く、細こかった。突き出される拳は重たいし、落ちてくる踵も見えないくらいなのに、眠らされてくにゃくにゃの身体はどこにもそんな力を持たない。
雪で滑りそうな階段を注意して登ると、チャイムを鳴らす前に銀時が引き戸を開けた。

「お菓子くれる知らないおじさんについて行くなって教えてねーんですかィ」
「三つ子の魂百までって言うじゃん。今更俺が何言ってもダメよ」
「世の中いろーんな需要があるんですから。こんなガキがいいって奴の気が知れませんがね」
「へえ?そうかよ」

 含みのある問いかけは無視だ。
 コートにくるまれた神楽と、ついでに寺子屋などで配る下敷きを押し付ける。宇宙怪獣ステファンによる『いかのおすし』の解説付きだ。
銀時の腕に姫抱きにされて、赤子のように眠る神楽は女などではなかった。ただの神楽だった。
冷たい外気が右肩の温もりを消し去り、沖田を安堵させた。





 遠ざかる乱暴なエンジン音を見送る。

「わざわざ荷物担ぎなんかしちゃってさァ」

 腕の中の神楽を見やる。何も知らないあどけない顔で眠っている。

「呑気なもんだよまったく。お菓子くれる知らないおじさんと意識しまくって荷物担ぎしちゃうようなドSにはついてっちゃダメだぞー」

 押入れに神楽を寝かせ、沖田が置いて行ったコートをハンガーに掛ける。雪の中で子どもと女のバランスを崩しそうな神楽を、どう扱えば良いのか戸惑う男は、結局女扱いできずに銀時に託して帰って行った。
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女にも子どもにもなれる少女はずるいと思います。
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