いつか来るその日


すぐ助けを呼ぶ山崎と沖田と神楽。


 浪士組がお上から下知を賜り真選組を名乗り始めて、ようやく組織としての体を成してきたという頃であった。
 明確な序列などなかった烏合の衆の局長に近藤が据えられ、副長に土方が置かれた。カリスマ、と言う表現は似つかわしくないかもしれないが、近藤は既に荒くれ者どもを上手くまとめて、誰も何も言わなくても自然と皆から敬われていたので、そのすぐ隣にいる土方含め、この配置に文句などあるはずもなかった。実働部隊の切り込み隊長は十代半ばの沖田である。これには若干の異論があった。沖田の強さは周知されていたが、自らの力を誇示したがる血気盛んな男たちには、子どもであるというだけで侮られることもあった。
 山崎は沖田を初見で舐めてかかって痛い目を見たし、沖田に稽古で勝てた試しもなかった。そのうち沖田の方から「腕慣らしにもなんねえ」と、稽古相手よりももっぱら玩具かパシリの扱いをされている。沖田が一番隊を率いるのは妥当とも思えたが、どこかでやはり、子どもの背中について行くのを良しとしない、くだらないプライドがあったのかもしれない。

「死にてえらしいな」
 しゃがみ込んで動けない山崎に、未だ幼さの残る、一切の感情の抜けた顔で沖田は言った。背はまだ山崎の方がいくらか高いはずであるが、地べたに腰をつけているので、見上げる形になる。
 そう大きな討ち入りではなかった。山崎が相対した相手も、タッパに差はあれど力量は五分五分と言ったところであった。強いて言うなら、視界不良の雨、おまけに足場はやたらぬかるんでいたのが難点であったが、それは相手も同じである。
 言い訳するならば油断と言う他ない。慢心とも言うかもしれない。鍔迫り合いにもつれこんで、上背のある相手に押し切られ、足を取られて、体制を崩したところを斬られそうになった。タッパの差を加味せず挑んだ過失だった。死を覚悟して目を瞑ったが、自身が転倒した衝撃の他は何もなく、恐る恐る目を開ければ、そこには絶対零度の視線で山崎を見下ろす、歳若い隊長が立っていた。
 山崎が傷一つつけられなかった男は、沖田に心臓を一突きされて絶命している。
「ヤバくなったら呼べっつったろィ」
 嗚呼、怒っている。山崎は、自分を殺しかけた厳つい男よりも、骨張った少年らしい体躯で、一撃で人を仕留める沖田のことが余程怖い。
「なんで呼ばなかった」
「あの、」
「俺が餓鬼だからか?」
 舐めんな、と言い捨てて、沖田は山崎に背を向けて歩き出した。辺りを見渡せば、討ち入りはとうに収束して、特有の緊張感も高揚感も緩んでいる。
 のろのろと立ち上がろうとして、自分が右脚を捻っていたことにようやく気づいた。

 痛む右脚を引きずりながら、屯所の廊下をひょこひょこ歩いていると、すれ違いざまに声をかけて来たのは土方である。今日は非番で、現場の指揮は沖田が取っていたのだった。
「しくじったのか」
「ぬかるみで転けちまって」
「報告書に上がってねえな」
 舌打ちとともに呟かれたので肝を冷やしたが、その怒りはどうやら、報告書を書いた沖田へ向けられたものらしい。
「俺も討ち入り終わってから気付いたんで、沖田隊長は知らないんです」
 庇うわけではなかったが、慌てて訂正するも、土方は渋面したまま煙草の煙を吐き出した。
「隊士の管理も含めてアイツにゃ隊長任せてんだ。気付きませんでしたじゃ済まねえんだよ」
 言いながら、土方は沖田の部屋に向かったらしい。

 土方の頬の腫れは引いていた。突如顔を腫らして帰ってきた土方に、どこぞの女にやられたのかと下世話な話題の種にしていたが、先月亡くなった隊士の家で殴られたのだと、風の噂で聞いた。沖田を慕って自ら一番隊を志願した男だった。
 流石に十四、五の少年を、遺族のやりどころのない義憤の矢面に立たせるのは躊躇われたのだろう、白刃の中、先陣切って駆ける沖田は、部下を死なせたことを誰に謝ることもできず、兄貴分が代わりに殴られて帰ったことをどう感じたのだろうか。



「沖田隊長」
 呼べば、沖田は記憶より気持ち鋭くなった視線をこちらに向ける。大人になったなあ、なんて。山崎は沖田の姉を一度だけ見たことがあるが、その時の面差しはよく似ているように思ったのに、ほんの一年で沖田の顔は精悍さを増した。
「組ができたばっかの時、俺のこと助けてくれたの覚えてますか?」
「忘れた」
「そうですか」
「お前すぐ助け呼ぶしなァ」
「だって死にたくないですし」
 小雨の中で、副長を待つと言った沖田は、紛れもなく一番隊隊長であった。もうその男を侮る者は誰もいなかった。四年経った今でも沖田は特に年少であったが、ここにいる全員が恐らく、沖田に助けられた経験があった。
 若さ故に侮られようが、強さ故に畏怖されようが、入れ替わりの激しい一番隊で、沖田はずっとそこに君臨していた。

『心配すんなヨ。そんなもん着てなくても私たちは知ってるアル。お前は、お前たちは警察だって』

 近藤局長の逮捕。真選組の解散。肩書きを無くした沖田は自らを人斬りと名乗ったが、それを否定した少女がいた。そのときになって、山崎は初めて、彼を沖田総悟たらしめる核を知ったのだった。



−−俺が餓鬼だからか?
 苛立ちと共にぶつけた言葉は、自分が餓鬼であることの証明に他ならなかった。子どもだからと侮る奴らにも、子どもだからと気遣う大人にも、子どもでしかいられない自分にも腹が立った。全くままならない。
 沖田は子ども時代などとうに武州に置いてきたつもりであったと言うのに、ここに来て見えない何かに自分の立ち位置を突き付けられている。
 組の中では沖田がずば抜けて年少であったので、先月死んだ部下は、沖田よりも一回りかそれ以上は歳上の男であった。沖田はそいつを気に入っていたが、駆けつけたときには事切れていた。狭い茶屋での乱戦で、叫べば届いたであろうに、部下は助けを呼ばなかった。
 返り血を浴びずに人を殺す方法は知っているのに、味方を救う術を知らない。
 強くあれば良いのだろうか、大人になれば変わるだろうか。
 沖田には理想などない。ただ近藤という光に付いてきただけである。それではダメなのだ。世間は、自分は、子どもの自分を許さない。
 大人たちが労せず纏う真選組の肩書きに、剣技だけが歪に突出した自分はまだ着られている。スタートラインに立ちたいならば、誰よりも真選組であろうとしなければならない。
 その不断の努力を理解してもらおうなんて都合の良い夢想はしなかったし、数年後、宇宙から飛び込んできた女に肯定されるとはこのとき露ほども知らなかった。

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最初は山崎の話を書こうとしてた。
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