沖田総悟の恋


沖田の結婚式に遅れて来る神楽。
※沖モブ


 甘味処の縁台に腰掛けて、どこを見てるんだか見ていないんだか、眠たそうに団子を咀嚼する男を遠目に認める。片袖脱ぎの珍妙な着こなしに、猫背気味で間の抜けた姿勢を晒しているのに、どこにも隙のない様はチグハグで、沖田はこの男の掴み所のなさを面白く思っていた。反対に土方などは、常に臨戦態勢といった体であるが、あれで意外と詰めが甘いところがある。
「旦那ァ」
 一声掛ければ怠慢にこちらを向いて、どうせ気付いていたくせに、沖田くんじゃん、と白々しく応えた。
「暢気に甘味なんて食って、儲かってんですかィ」
「ジリ貧でも食うけどね。糖分は俺の生命維持装置だからね」
「糖尿引っかかったって聞きやしたぜ」
「コアラはユーカリしか食わねえんだから、人間も摂取し続けてれば糖分だけで生きていけるようになるんじゃねーの」
 あ、でも酒は飲みてえな。中身のない会話をしながら、沖田は銀時の隣にどっかり腰掛けた。
「俺にも団子ひとつ」
 店員にそう言えば、はあい、と愛想良く返ってきた。
「儲かってるわけじゃねーけどさァ、神楽いねーから食費もそんなかかんねえのよ」
 神楽はエイリアンハンターとして宇宙に出た。時折帰って来てはいるらしいが、わざわざ会うほどの仲でもないので、沖田が神楽に最後に会ったのは四、五年は前だったと思う。それも定かではない。銀時の言葉にどこか寂寥を感じて、知ってはいたがずいぶん絆されているものだと思った。
「あ、そう言えば」
 沖田は懐から封筒を取り出し、銀時に差し出した。同じタイミングで団子が出て来たので、銀時が封筒を受け取って空いた手で団子の串を摘む。
「何これ」
「招待状」
 まだ温かい団子は、一口噛めばよもぎの香りが広がった。美味い。
「なんの」
「結婚式」
「誰の」
「俺の」
 団子をむしゃむしゃ頬張りながら、不毛な一問一答をした。
「ん?」
「だから、俺の結婚式の招待状でさァ」
 答え合わせをしてやれば、銀時は口をぽかんと開けて最後の一口の団子を取り落とした。あーあ、勿体ねえ。
「お前が?結婚?」
「めでてえ話でしょ。祝儀弾んでくだせえよ」
「政略結婚か?」
「まさか。近藤さんや土方さんならまだしも、俺如き人質に取ったってなんの得にもなりませんぜ」
「じゃあなんだ?美人局か?結婚詐欺か?」
「だったらやべえなあ、俺結構ベタ惚れなんで。騙されてんなら全財産吸われちまう」
 銀時のぽかんと開いた口が、顎が外れるのではないかと言うほど広がった。人は究極に驚いたときこんな顔をするのだな、と沖田は興味深く眺める。
「……まさか神楽じゃねえよな?」
 今度は沖田が驚かされる番だった。銀時が足りない頭で絞り出したであろう答えは、ずいぶん突拍子もなく、そして隠せなかった殺気が滲んでいる。
「チャイナァ?まさか。なんで?」
「いや、だってお前が興味ある女って神楽くらいしか知らねえし」
「あんな弄り甲斐ある強烈な女、興味持たねー方が無理でしょ。アイツはそういうんじゃないですよ。つーかとんとお目にかかってねえし」
 神楽への興味は、あることにはある。見惚れたことも、実はある。でもそれは恋とは遠い感情で、一種の憧憬のようなものだと、沖田は思う。
 銀時は、沖田の相手が神楽ではないと知って安心したのか、ようやっとさっき落とした団子に目を向けて肩を落とした後、沖田が結婚することには依然として釈然としない顔をしている。忙しい人だ。
「お前彼女いたの」
「ええ、まあ」
「ふーん。ま、おめでと?」
 首を傾げながら紡がれた祝いの言葉に満足して、沖田は代金を多めに置いて見回りに戻った。







 初夏の頃、風邪を拗らせて入院した。沖田はそこで恋に落ちた。遅すぎる初恋であった。
 沖田は健康優良児であったので、病院の世話になるのは討ち入りでの怪我か、健康診断くらいのものである。内科の病棟には姉の入院以外で寄り付いたこともなかった。
 その人は看護師だった。沖田よりも幾つか年上であるが、どこか少女のような茶目っ気があり、しかしテキパキとよく働いた。
 数日間の入院は、柔らかなひだまりのような思い出である。担当の看護師だったその人の献身的な看病が、昔風邪をひいたとき、布団から見上げた姉の、自分を安心させるための微笑みを思い出させた。
 沖田は言葉の限りを尽くして愛を伝えた。まったく、らしくもないと、自分でも分かっていたが、何かに突き動かされるような衝動は止まることを知らなかった。これが恋なのだと、そう思った。
 沖田の告白は、はじめこそ柔和な笑みでもって袖にされたが、退院後も続く猛攻に、その人もとうとう折れた。
『貴方には私がいないと』
 そうなんでしょう?と、困ったように、しかし確かに好意を持って告げられた言葉には覚えがある。幼い日の記憶である。あの子には私がいないと。弟の自分に向けられたこの言葉の後には、惚れた男のそばにいたいと、健気な告白が続いたはずであるが、かつてそれは拒絶された。
 沖田は、所在なく立ち尽くしたあのときの記憶を上書きするように、目の前の細い体躯を抱きしめた。人を斬って生きる自分が人を好いて良いはずがないのに、そばにいてこの人を護りたいと思った。こんな気持ちは初めてだった。
 沖田はその人に全てのことをしてやりたかった。逢瀬の度に、柄でもない気障な甘ったるいセリフがするすると出て来たし、柔らかな掌を取って歩くのも恥ずかしいとは思わなかった。一年と少しの交際を重ねて、プロポーズに百本の薔薇を抱えて臨んだことは、隊内で若干の畏怖を持って語り種になっている。

 結婚式の日、待合室で見たその人の白無垢姿は、終ぞ見ることの叶わなかった姉の花嫁姿に被った。さぞかし綺麗だったろうと思う。不覚にも少し泣きそうになった。
「俺ァ貴女に、幸せになって欲しい」
 幸せにしたい。姉の分まで。その人は沖田の髪を梳くように撫でると、貴方に出会えて私は幸せよ、と言った。
 神前式は形式ばって、訳もわからず粛々と進んだ。夫婦になる自分たちは終始前を向いていて、互いに向かい合うことはほぼなかった。綿帽子に隠された花嫁の横顔を盗み見ては、その人が幸福に満ちた顔をしていることに安堵した。
 式も後半に差し掛かり、上質な和紙で作られたカンペを二人で開いて、誓詞奏上の儀に入る。
「今日の吉日に私共は、この尊い御神前で、夫婦の契りを結び合い……」
 滔々と誓詞を読み上げる。夫婦になるのだ、この人と。沖田は信じたこともない神に向かって宣言する。
「楽しきを分ち、苦しきを共に、夫婦の道を幾久しく守り、」
 最後の一文というところだった。神前に続く正面の扉が勢い良く開いた。不意の訪問者に、皆一様に驚いて振り向く。
「バッカ、あいつ……」
 銀時の狼狽えたような声がして、さざめきのように招待客の動揺が広がった。その中心にいるのは。
「……チャイナ」
 その名を呼ぶのは随分と久しぶりである。
 仕事からそのまま駆けつけて来たのだろう、真紅のチャイナ服に薄汚れたマントを羽織って、やたら大きな荷物からは得体の知れないデロデロの足らしきものがはみ出している。場違いな乱入に相応しいその出立ちに、沖田は笑いが込み上げるのを抑えきれなかった。
 口の端を歪めて、ふ、と息を零せば、その意地の悪い笑みに呼応するように、神楽がこちらを真っ直ぐに見た。
 がちり、視線が交わる。
 神前から伸びた道筋の先に立って、扉の外から差し込む光を背負った神楽を見たとき、どうしようもなく心が高揚するのを自覚した。いつだったか、戯れの延長のような喧嘩の最中、細い腕にそぐわぬ重い拳を振るう神楽に見惚れて、避けるのを忘れたことがある。あのとき二人は子どもだった。それももう、遠い記憶である。沖田はずっと前から、この女に惚れていたのだと思う。
 ただ見ているだけでよかった。何かを守るために戦う神楽を、遠目に眺めるだけでよかった。だから手を伸ばさなかった。
 永遠のような一瞬の後、周りのざわめきを無視して沖田は神前に向き合った。銀時の抑えた小言が聞こえたので、神楽も席についたのだろう。
 息を吸い込んで、一言一句はっきりと、誓いを紡ぐ。
「終生、愛することを誓います」
 神楽に向けた感情の名を、沖田は知らない。恋と呼ぶには綺麗すぎて、愛と呼ぶには獰猛すぎる。今となっては確かめる術もなかった。それで良かった。

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なんとなく『世界一馬鹿』の対にするつもりで書きました。
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