安全圏


乾貞治夢小説。
※高校生設定・ネームレス・失恋


 乾貞治はモテる。と、思うのは、私が乾のことを好きだからで、女友達の垣根を越えられない女の子たちの巧妙に隠された下心を、私は見抜けてしまう。同時に自分の下心が見抜かれているのだろうと知る。鋭い癖に鈍い意中の人には、女の子たちの下心なんてこれっぽっちも響いてないみたいだ。本人だけが蚊帳の外で、乾を好きな女の子たちの暗黙のコミュニティだけがひりひりする。
 乾のことを好きな女の子たちみんな、友達の友達の友達くらいの距離感。女テニのあの子も、弓道部の子も、1組の彼女も6組のあの子も、乾のことが好きじゃなかったら名前も知らなかった女の子たち。私たちは、誰もその恋心をあからさまにしなくても、奇妙な連帯感と劣等感で結ばれていた。
 乾は廊下ですれ違うと声をかけてくれる。私は乾に臆することなく声をかけることができる。乾の試合を見に行ったことがある。
 去年同じクラスだった私は、乾との距離が他の女の子よりほんの少し近い。近いと言ったって、乾から寄ってきてくれることはない。乾はきっと、誰のことも好きじゃない。だから私は、誰のものにもならない乾に他の女の子よりほんの少し近いって証明を、いちいち数えては安心するのだ。

 部活が終わり、運動部の雪崩れ出る校門に、人垣からポコッと飛び出た乾の頭を見つけたとき、一緒に帰れるかも、なんて思った。私は乾貞治に一番近い女友達で、それくらいならセーフラインだ、たぶん。
「乾」
「ああ、お疲れ」
 小走りで追いついて声をかければ、乾は抑揚のないテノールで応えた。
「帰るの?」
 言外に、一緒に帰ろう、とほのめかす。
「人待ち」
「なんだ。大石くん?」
 男テニの部室の鍵は大石くんが管理してるって。中等部からそうらしい。これは乾に教えてもらった。だから最後に残るとしたら大石くんかと思ったのだけど、それなら部室で待ってたはずだ。
 私がしばし逡巡する間に、乾は少しだけ躊躇って、私の知っている名前を出した。
 弓道部の、乾のことが好きな女の子。乾と同じ委員会の。

 私はそれを理解するより早く、心臓に冷水を浴びせられた心地になって、みるみる冷たくなる手足に力を込める。
「えー……付き合ってる?」
 頭の片隅で鳴る警鐘が私を冷静にするから、表情だけはヘラヘラしてる。泣きそうな癖に。心臓が大きな塊になってばくばくと内側から胸骨を叩いた。
「うん。と言っても、先週からだけど」
 なんでもない風に乾は答えた。弓道部のあの子と付き合ってしまった乾は、やっぱり恋とか愛とか、そんなものは解さないように見えた。
 二年生の時から、好きな人いるの?とは一度も聞けなかった。乾はずっと、そんなことに興味なさげだった。女友達の垣根を越えられず、下心を巧妙に隠した私は、藪を突く勇気がなかった。
 あの子は藪を突いたのだろうか。それとも、乾があの子の藪を突いたのだろうか。
「好きなの?」
 誰も乾を手にできないと思っていたから、乾に近い場所にいることで満足していた。それなのに、私の安全圏は容易く壊された。
 不躾な質問にも気を悪くした様子なく、乾は私じゃない女の子のことを、「好きだよ」と言った。

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乾貞治に失恋したいです。
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