余所者同士


田舎の学パロの銀土。
※未成年の飲酒喫煙表現


 盛夏の田舎道は遮蔽物がなく、まだ朝だと言うのに太陽が直接照りつけて来る。眼前に広がる田んぼは青々と目に痛い。直線に伸びたかろうじて舗装されている道を、小学生がバタバタと駆けて行った。小学校の通学路は最低でも二キロメートルはあると言うのに、元気なものである。
 高杉は家に手伝いの者がいたので、小中学生の九年間、徒歩で通学したことはなく、常に誰かしらが車で送迎してくれていた。高校に上がってからは、高杉は離れを丸々与えられて自立した(または放置された)生活を送っていたので、家人に甘えるのはやめて電車通学に切り替えて、駅からの長い道のりを直射日光に殴られながら歩いている。
 薄っぺらい鞄を日除けに、原付で来れば良かったと後悔しながら歩いていると、横に逸れた私道から同じ学校の土方が出て来るのが見えた。やたらとデカイ剣道バッグを担ぎ、糊の効いた指定の白シャツを纏って歩く後ろ姿は優等生然としている。互いに有名人なので顔を知ってはいるだろうが、高杉とは違うクラスであるし、仲良くもないので声はかけない。そもそも、高杉も土方も人と連むたちではなかった。
 土方が出てきた私道は竹藪に囲まれており、その奥は土地持ちの家が立ち並ぶ住宅地になっていたはずだった。
 土方と言えばこの辺りの土地も山も、ほとんど土方家の持ち物である。
 あいつんち、地主か。自身もかなり裕福な部類であると言うのに、それは棚に上げて、高杉は不躾にもそう思った。



 一限は遅刻した。二限は出て、三、四限はサボった。坂田銀時の高校生活は、サボタージュの中にかろうじて授業があるような体たらくであった。テストでは赤点ギリギリを這って、教師とはそこそこ仲良くしておいて出席点は多めに見てもらう。アクセスも悪けりゃ生徒数も多くはない、ごく一部の特別頭の良いやつ以外が中学からそのまま持ち上がったような玉石混交の高校で、卒業だけを目的にして超低空飛行で二年生の夏まで来てしまった。
 昼休みになると購買の袋をぶら下げた高杉が、坂田が根城にしている空き教室に来る。高杉は素行が悪いが成績は良いので、授業はそれなりに出ているようである。他に桂や坂本も混ざったりするが、今日はいない。二人とも生徒会やら委員会やらで忙しいから、学期末は特に集まりが悪い。
「土方って銀時とクラス一緒だったか?」
 野菜ジュースにストローを刺しながら、高杉が口を開いた。
「あー?うん。あの憎たらしいストレートヘアな」
「お前、ストレートヘア憎んでたら人類のほとんどが憎くねえ?」
「イケメンのストレートヘアが憎いだけですゥ」
「そーかよ」
 坂田はおにぎりのアルミホイルを剥いて、大きく一口齧った。具はウインナーだった。
「んで、土方がなんだよ」
「今朝見かけたんだけどよ。××から出てきたんだよ」
 田舎のコミュニティは狭いので、地名を出せば大体そこが共通認識として理解できた。坂田は高校入学のタイミングでこのあたりに越して来たが、××にやたら大きな家が立ち並んでいることくらいは知っていた。
「ハァ?品行方正、容姿端麗、剣道全国出場者で家柄も良いのかよ。チートじゃん」
 高杉は子どもの頃からここに住んでいる。確か、土方は小学校の途中で転入してきたのである。だから土方姓が地主であることは知っていたが、土方十四郎がその家の人間であるとは思い至らなかった。訳ありかもな、と思ったが、あえて言うことでもないので、黙ってぬるいサンドイッチを詰め込んだ。



 高杉とそんな話をしたことも忘れて、結局五、六限も空き教室で寝こけたあと、ホームルームだけ出てチャイムと共に帰り支度をする。支度と言っても置き勉だから、空っぽの鞄だけ引っ提げて駅に向かった。思い出したのはたまたま駅のホームで土方を見かけたからで、昨日まで興味もなかった優等生の家に対する好奇心がむくむくともたげていくのを感じて、悪趣味だとは知りつつ、ついて行ってみようと思った。
 家の最寄りより一駅手前の駅で降りて、だだっ広い田舎道を歩く。土方はずいぶん歩くのが速い。距離はどんどん離れるが、高杉の家もこの辺りでよく来るから土地勘はあるし、土方が住む場所はわかっていたから問題なかった。
 すでにかなり歩いたところで、遠くに見える土方が、つい、と曲がった。公道から横に逸れた細道は、竹藪に挟まれている。
 ニョキニョキと伸びた竹は鬱蒼として道を翳らせ、圧迫感を感じさせるが、藪自体はそこまで大きくなかった。短い細道を抜けると眩むような日の光に目を細める。整然と日本家屋が立ち並び、塀からは整備された庭木が覗いていた。ずいぶん静かであった。人はいるにはいるのだろうが、家内の気配まではわからない。
 生垣にしろブロック塀にしろ漆喰塀にしろ、べらぼうに長いうえ、中心には漏れなく立派な門扉を構えていた。
 面白半分に、塀に囲まれた迷路のような道を進むと、特段豪華な作りの門柱に土方姓の表札が見える。
 若殿様ってワケ。つくづくムカつく野郎だな。
 土方の家を囲った塀を伝ってしばらく歩くと、竹垣が一段低い生垣に変わって、中が見える。だだっ広い裏庭に自生しているのか、夏蜜柑と夾竹桃の木があった。その奥には家らしきものも見えるが、正門から離れているので母屋ではないのだろう。夾竹桃は盛りと見えて、桃の花をつけていた。
「おい、何してんだ」
 不意に声をかけられて、心臓が跳ねた。振り返ると土方である。後ろめたさから目を逸らした。
「み、道に迷って」
「迷っただァ?」
 口の端を歪めてそう聞き返す土方は、案外治安が悪い。意外なことだと思った。
「そうそうこの辺知らねーからさあ、俺高校からこっち引っ越して来たし」
 坂田は余所者であることを言い訳に突き通す。すると土方は訝しげに顰めていた顔をあっさり緩めて、送ってやるよ、と言った。
「筍でも探してたのか?ありゃ春だぞ」
 ブロック塀に囲まれた閑静な道を歩きながら、土方は見当違いなことを聞いてきた。筍を取りに来た余所の人間がうっかり迷い込むことがたまにあるらしい。地元の人間は、この辺り一体が土方の土地であることを知っているから、勝手なことはしない。竹藪探索しててあんな住宅街に出たらビビるだろうなあ、と土方の端正な横顔を無感動に眺めながら思う。
「つーかお前んちデカくね?庭に蜜柑とか夾竹桃生えてんのな」
 そこまで仲良くもないクラスメイトとの沈黙に耐えかねて、適当な話題を振ってみる。
「キョウチクトウってなんだ?」
「知らねえの?」
「植物はよくわかんねえ」
「竹?つーか、笹みたいな葉っぱで、ピンクの花咲くやつだよ」
 説明するもピンとこないようで、そもそも裏庭の庭木など目に入れていないのかもしれない。
「花とか、好きなのか」
 土方は、そう言いながら釈然としない顔をしている。どう見ても坂田銀時が花を好むようには思えなかった。
「子どもの頃、毒だから食うなって言われたから覚えてた」
「食ったのか」
「食わねえわ」 
「じゃあ食うと思われてたんだな」
 納得、と言うように頷く土方は微妙に失礼である。
 竹藪を抜けて公道に出れば、静謐な白昼夢の空間は嘘だったかのように日常だった。適当に礼を述べて別れようとすると、竹藪の日陰から控え目に引き止められる。
「なあ、明日キョウチクトウ教えろよ」
 木漏れ日の中で、無表情に土方が言う。あまりにも下手な誘いであった。
「お前、家にダチ呼んだことねーだろ」
 坂田はニヤリと笑って、いいぜ、茶くらい出せよ、と厚かましく告げた。



「ひーじかーたくん、あーそぼ」
 間延びした声で呼ばれた。どこでサボっていたのか、今日もほぼ教室にいなかった坂田は、律儀に土方を呼びに来たらしい。
「おう」
 指定の鞄に教科書を詰めて立ち上がれば、置き勉しねーの、と目を丸くされた。坂田の鞄はペラペラである。
「お前もしかしてどっかでダブってこの高校来たのか?」
「ちゃんとタメだっつーの」
 昨日から思ってたけど、お前わりかし失礼だよな。良いけど。呆れたように鼻を鳴らして、坂田はさっさと歩いて行った。
「そんなに夾竹桃が気になったわけ?」
 大体にして誰かと通学することなんてなかったから、何を喋って良いのかもよく分からなかったが、坂田はやたら喋るうえ、土方が喋らずとも気にした様子がないので、気負うことはなかった。土方の印象では、坂田は誰に対してもこの距離感である。高杉や桂、坂本あたりと連んでいるのは知っていたが、誰に対しても懐に入れているような入れていないような、掴みどころのない男、というのは、大体合っているように思う。
「まあな」
 実を言えば植物なんぞどうでも良かった。恐らく坂田もそんなことは分かっている。ただこの男は自分に似ていると思っていた。それだけで、らしくない真似をした。
 竹藪を抜けて、垣根に挟まれた道を通り、裏門から中に入る。坂田を見かけたのは裏庭の近くだったので、キョウチクトウも裏庭にあるのだろう。建前は通さなくてはいけない。
「あーこれだよ。このピンクの花のやつ全部夾竹桃」
 普段裏庭になど来ないから、こんなに花が咲いているとも知らなかった。義姉が毎日掃除くらいはしているだろうが、剪定も特にされていないのか、ずいぶん好き勝手に茂っている。
「ふーん。見たことあったな」
「そりゃお前んちだもんな。不満かよ」
「いや、ただ野郎二人で花見てもつまんねえな」
「てめーは一回俺がなんでここにいるのか考えろ」
「お前がウチ探ってっからだろ」
「は?」
「下手な嘘つきやがって。ついて来てんのもバレバレだったわ」
 下手な嘘はお互い様である。自分が坂田の好奇心を利用したのも、坂田が自分のらしくない誘いに乗ったのも。
「マ、よかったじゃんか。夾竹桃が何かわかって」
 掌を返したようにそう言う坂田は、やはり印象通り軽薄であった。
「つーか裏庭こんだけ広けりゃ、敷地使って隠れん坊とか鬼ごっことかやり放題だな。俺なら絶対秘密基地作ってた」
「秘密基地か」
「お前スカしてるしそう言うの作らねーか」
「てめーも何気に失礼だからな?似たようなもんならあったぜ」
 来い、と言いながら、まだ残っているかは賭けだったが、それは小学生時代のまま、一番近い離れの影にひっそりとあった。プレハブの農具小屋である。もうずいぶん使われていないが、目立たないばかりに撤去すらも忘れられたのかもしれない。
「秘密基地つっても、ただの小屋だけどな」
 それでも、そこは確かに幼かった土方の居場所であった。
 まだあったのかと嘆息して、つい癖で煙草を取り出す。そう言えば、中学に上がる頃初めて煙草を吸ったのもここだった。
「何、お前煙草吸うの」
 茶化すような坂田に、土方は若干機嫌を悪くしながら火を付けた。
「言うなよ」
 口止めは効かないものと知っていながら、あえて言う。
「別に言わねえよ、得しねーもん。てか匂いでバレね?」
「野焼きしてっからな。意外とバレねえ」
 土方は、ここの人間と坂田の決定的な違いを感じた。ここではエンタメのごとく噂が広まるのが常であるし、土方家ともあれば格好の標的だった。
 加えて、土方は私生児であった。母を亡くしてここに引き取られたが、父も既に他界していた。兄弟はやたら多くて、土方は疎まれた。長兄だけは良くしてくれた。長兄に迷惑をかけないために、この街に馴染んだフリで反骨心を募らせて、今は遠方の大学に行くための準備を着々と進めている。
「エセ優等生の土方クン」
 煽るような坂田に、大袈裟に煙を吐き出して応じる。
「来週また来ようぜ。酒持って来るわ」
 あと蚊取り線香必須だな。
 堂々とのたまう坂田に、ここは俺の家だとか、未成年だろとか、言えた身分ではないのだが、ずいぶん楽しげであるので言わずにとどめた。
 明後日からは夏休みである。



 起きたら昼だったので終業式には行かなかった。土方と会ったのは先週の裏庭が最後と言うことになる。夏休みは保護者である松陽に代わって家事全般を引き受けたので暇にはならなかったが、学校という時間の縛りがないことは些か退屈だった。授業があるからサボりもあるのだ。
 洗濯を済ませて、狭い部屋をクイックルワイパーで一周した坂田は、買い置きしていた黒ラベルの六缶パックを、保冷バッグに突っ込んで家を出た。原付を走らせて二十分程度。竹藪の横に適当に止めて細道に入る。夜の十時ともなれば、あたりに人通りはなかった。
 記憶通りに塀を辿って、立派な正門を無視して裏門に向かえば、果たしてそこに土方はいた。
「酒、足んねーだろ」
 くすねて来たらしい一升瓶を掲げる土方は高校生にはとても見えない。坂田は笑いそうになりながら門をくぐった。
 この家はやはり相変わらず静かで、人が住んでいるのか疑うほどだった。プレハブ小屋は前面がオープンになっているのに、夜の闇に閉じ込められたような気分になる。
「埃っぽいよな」
「気にしねえけど」
 まあ待て、と土方は立ち上がって闇に消えると、どこからかメッシュコンテナを持ってきたので、それをひっくり返して座った。
「つーか、暗い」
「そのうち目が慣れんだろ」
「お前自分が気にしないことは対応しねーんだな」
 土方は答えず煙草に火を付けたので、そこだけが暖色に照らされた。
 クラスでの土方は、ただそこにある偶像みたいなやつだった。優等生だったり、剣道部の副主将だったり、モテるのに硬派でカッコいい土方くんだったり、いろんな人間の評価とレッテルで作り上げられていたのだと知る。真のこいつは、意外と口が悪かったり、見当違いの突っ込みをしたり、どうでもいい事には傲慢であったり。煙草も吸うし飲みの誘いにも乗る。とんだ狸だと思った。
 ビールは既に汗をかいていた。一本土方に渡してプルタブを引けば、ぷしゅう、と気の抜けた音がして、一口飲んで二人でマッズ、と顔を顰めた。煽るように空けて、あとは土方が持って来た酒をひたすら飲んだ。美味い日本酒だった。
「土方ってさあ、なんで優等生ぶってんの」
 八月頭の夜は蒸す。酔いも相まって怠い体はどこもかしこも汗で湿っていた。
 不躾な質問に土方は顎に手を当てて考えている。こいつは自身の思考を言語化するのは苦手なのだと思った。
「……文句言われねーように、かな」
 熟考の末ようやく紡がれた答えは、若干呂律が怪しい。
「えェ?そんなタマか?」
「文句言われたくねえんじゃなくて、その方が何かと都合が良いんだよ」
「ふーん。まあ家が家だしな」
「でもまあ、ここは俺の居場所じゃねえから」
 環境は恵まれてるけどな。
 土方は鷹揚に煙草を吸いながらそう言った。哀愁などは微塵もなかった。ただ抑えきれない野心だけが、仄かに見えた。怜悧なこの男が、竹藪の牢獄で一生を過ごすとは考えられなかった。
 「ここは居場所じゃない」と言いながら、「ここに居場所がない」とは言わない土方は、自らの意志でいずれここを出るのだろう。坂田だって、高校を卒業したら自立する。二人は恐らく、数年後にはここにはいない。絶対的な予感がある。
 勘のいい坂田は詳しく聞かずとも、自分たちは余所者同士なのだと察した。
 坂田は土方の咥えていた煙草を取って唇を重ねた。ほとんど酔いに任せた衝動だったように思う。似た部分に共鳴して、慰めたくなったのかもしれない。明細な理由は自分でもわからなかった。
 土方が息を詰めるのがわかった。閉じた歯列に舌を沿わせれば薄く開いて、堪えきれずに鼻から吐き出された熱い息が頬を撫でた。初めてではないのだろう、舌を捻じ込めばきちんと応酬してきた。優等生のフリをして、やることはちゃっかりやってやがる。坂田は、土方の分厚い外面を剥がすたびに、えも言われぬ可笑しさを感じていた。さっきまで煙草を吸っていた口なので苦い。女にするように掌で上気した頬を包めば、それは手荒に拒まれた。
 狭い田舎の、狭い裏庭の、狭い農具小屋で、自分たちは今世界に二人きりでなのではないかと、柄にもなく夢想的な錯覚をした。
 どれくらいの時間が経ったのか、溶け合うほどに重なった唇を離せば、どちらのものともわからない唾液が糸を引いて落ちた。二人の熱っぽい呼吸音だけが響いて、土方の口から取った煙草は地面で燃え尽きて蛇のような灰になっている。
「お前そっちの趣味なのか」
 肩を上下させながら、土方が問う。
「まさか」
「いやに慣れてたじゃねえか」
「男とは初めてだよ」
 素っ気なく言えば土方はふいと顔を背けて、俺もだ、と低く答えた。
「俺さァ、優等生の土方クンに勝てるとこ一個見つけたわ」
「あァ?」
「キスは俺のが巧い」
 唾液に濡れた唇を肩口で拭いていた土方は、酔いで据わった目で坂田を睨みつけ、そして、坂田の赤みを残す下唇へ獰猛に噛み付いた。
 こんな馴れ合いは余っ程不毛である。近い将来ここを出るまでの戯れだと、互いに気づいてはいたが、あえて言わなかった。

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夢に銀土出てきたのでそのまま書きました。
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