神話のプロローグ


武州時代の土沖。


 その道場の門下生は、土方を拾った近藤という青年と、竹刀を持つよりは動物でも愛でるのが似合うような子どもだった。これがなかなか曲者で、動物は愛でるどころか餌を見せびらかして直前で隠すような性悪で、何かと土方に突っかかって来た。ガキの悪戯だと思って最初は流していたものの、3メートルの落とし穴に落とされてから、土方も容赦するのをやめた。落とし穴はゴミを燃やす穴だと言って近藤に掘らせたらしい。
 沖田総悟は無垢な顔をした悪魔だった。嫌がらせに関してはもはや天性とも言える才覚があった。土方は九つも下の子どもに出し抜かれては本気で怒った。
 土方は稽古で鬱憤を晴らした。沖田は手合わせでズルをすることはなかった。心技体の心を極めたような、洗練された道場剣法ではなく、倒せれば良いという実戦に近い田舎剣法であったので、ルールも何もあったものではなかったのだが、それでも、沖田は剣とは真摯に向き合っているようであった。土方は喧嘩のときには目潰しも噛みつきも辞さないので、その点はずいぶん沖田の方が上品だった。
 沖田がいくら強いと言えども子どもと大人である。十回試合えば十回土方が勝った。沖田がひどい負け方をした日には、嫌がらせはより苛烈さを増した。
「次の稽古、覚悟しとけよ」
 その日は女を抱いていたが、沖田に着物を捨てられた。コテンパンにしてやろうと思った。
「いつまでも勝てると思うなよ」
 少女のような面に闘志をたぎらせて、沖田は言った。土方はそれを鼻で笑いながら、いつまでも勝てるとは思っていなかった。成長して才能の伸び代に身体が追いつけば、勝つとか負けるとかの次元ではなく、もっと高みから悠々と人を見下ろすのだろうという予感があった。
 その日、土方は初めて沖田に負けた。長い試合だった。
 土方が突いた木刀が沖田の額の横を掠めて、血が出た。沖田はバランスを崩したので、そのまま攻め込めば終わるはずであった。沖田はバランスを崩した勢いのまま、俊敏に土方の喉元へ木刀を突きつけた。沖田がその気なら、喉を潰されていただろう。
「無様だなァ土方」
 子どもらしく喜べばいいのに、沖田は憎たらしく土方を罵倒した。流れる汗もそのままに、今までの試合を思い返す。沖田はひたすらに攻めてきた。あまりに無鉄砲に突っ込んでくるので、こちらが怯んでしまう程であった。
 沖田の剣は沖田自身を守らないだろう。沖田が強くなっていくことを、土方は空恐ろしく感じる。

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女を抱いてたら沖田に着物を捨てられる土方を書けて嬉しかったです。
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