パンツを脱げない人は、 人生を他人事だと思っている クズの坂田銀時とモブ彼女。 ※現パロ |
あちこちからビカビカと不協和音を奏でる電子音には慣れたもので、世はクリスマスと言うのに、イルミネーションではなく液晶演出が目に眩しい。舌打ちをして角が剥げかけた革財布を開くと、紙と言えばさっきのコンビニのレシートだけになっていた。 と言うのが2時間前の出来事。そして今。テレビからさんまの引き笑いが響き渡る1DK。プレゼント交換を亡き者にするためとりあえずセックスに持ち込もうとした俺。それを制止しクリスマスカラーの紙袋を出してきた彼女。 「あ、のー、俺さ、明日でもいい?」 「は?」 さっきの浮かれた声とは打って変わり、氷点下の一文字。女ってなんでこうも、感情を声に乗せるのが上手いんだろうか。 「え、なんで?」 理性を取り戻したのか、言い分を聞こうとしてくれているのか、今度は努めて冷静な声でそう尋ねてきた。仕事があるので今日の夜会おうと持ちかけたのは俺だった。 「いやー、ね。うん」 ちょっと打ってきたりして。傷んだ茶色の髪が跳ねる肩に顔を埋めながら、もごもごと曖昧な返事をした。 彼女は今度こそ疑念を怒りに変えて、盛大に「はあ?」と顔をしかめる。 「え、別にプレゼントないとかはいいんだけどさ。それはいいんだ、別に。ただちょっと考えなさすぎじゃん?その頭一応脳みそ入ってんでしょ?」 絶対良いと思ってないだろ。という言葉は飲み込んで、これは全面的に俺が悪いので、うん、うん、ごめん、とひたすら受け身の体制に入る。ただ都合のいいことに、俺の手は中途半端に彼女のトレーナーの中に入れていたので、このままなし崩しにセックスに持ち込めないだろうかとも思った。全く良くない声で「別に良いけど」を繰り返す彼女に、しおらしく、うん、うん、ごめんと繰り返しながら、トレーナーの下の暖かな腹を撫でた。ついでに耳の後ろも啄ばんだ。 その途端何かマズいスイッチを入れたようで、心底うんざりしたようなため息をついて(女は呼吸でも怒りを表現できるのだ)、彼女は腹を弄る手を押しのけ、俺に向かい合って仁王立ちする。 「テメー脱げよ」 般若の形相でそう言った彼女は怒りで血の気が引いていた。怒っているのはわかるが脱げよと言った意図がわからない。しかしここで反抗するのは得策ではないと、一応脳みそが入っている俺には分かったので、昔辰馬にもらったカシミヤのセーターを迅速に脱いだ。室内とはいえ、いきなり外気に触れた肌はボツボツと鳥肌を立てている。 一枚脱いでもまだ悋気が部屋を支配している。仕方がないので俺はズボンも脱いで、彼女の様子をチラと見た。 「パンツも」 「はい」 できる限り刺激しないよう、無の心で返事をし、クリスマスの夜に怒れる彼女の目の前で惨めなストリップショーをする。 俺は本当に全裸になって、正座で彼女の言葉を待っていた。寒くて姿勢が悪いのが滑稽だ。 「ベランダ出て」 「え」 さも当然と言わんばかりに、結露した窓をあごで示す。 「え、え、え、いやそれはさあー。寒いし近所の目もあるし……」 「この期に及んで恥じらいとかあるんだ?もう十分生きてるだけで恥さらしだけど」 泣きたくなった。しかし、彼女のプレゼント代をパチンコですった大人、どこからどう見ても立派に恥ずかしい。 「早く出ろよ!」 早くの「く」に変なアクセントが置かれたあたり、相当キている。怒りに支配された彼女に俺はもうどうすれば良いかわからず、そしてその原因が自分であることにこの上ない絶望を感じていた。しかし本当に、全裸でベランダに出ない限りはこの怒りの収めようがわからない。ベランダに出たところで怒りが収まるのかもわからない。 なんかもう息苦しくなりながら、俺はのそのそと立ち上がり、自分で窓の鍵を開けてベランダに出る。全裸にキティパ。隣にはエアコンの室外機。その上には枯れた観葉植物だったもの。彼女はシュルレアリスムの集大成のようなベランダを見届けて、窓を閉め、鍵をかけた。 「えっ待て鍵閉めた?!死ぬ!死んじゃう!おい開けろォ!!!」 俺はびっくりして窓を割る勢いで叩く。結露で中は見えない。外気が吹き付けて痛いくらいだ。こんな冷たい風に晒したことなんてないから、可哀想に俺の一物はしわしわに縮こまっていた。 とりあえず色んなところを守るため、その場にしゃがみ込み、自分を抱くように庇った。背中は吹きさらしだがさっきよりはマシなような気がしないでもない。 「いや普通に寒いってーーーー開けてくれーーーーお願い300円あげるから」 「300円?それクリスマスプレゼント?」 聞こえてんじゃねえか。 部屋の中からは相変わらず芸人のガヤとさんまの引き笑いが聞こえる。歯の根が合わずガチガチと音を鳴らしながら、『20代男性、全裸で凍死。痴情のもつれか』という見出しが頭をよぎった。 体感1時間、実際10分程度。中からカチャリと音がした。 「鍵開けたよ。自分で入ってきなよ」 俺はブルブル震えて浅い呼吸を繰り返しながら、指が張り付くほど冷えた取っ手に手をかけ、麻痺した筋肉を叱咤し部屋に入る。 彼女はiPhoneのカメラを向けていた。一昨日落として液晶を割っていた、二つ前のモデルのやつ。 「……撮ってる?」 「撮ってるよー」 平常の声で手を振る彼女が悪魔に見える。寒さで自分の身体を抱きしめていたので、カメラにはらっきょう大になってしまった息子がバッチリ写っているはずだ。 「次なんかやらかしたらこればらまくから。全身写ってるよ、動画で」 最後に言いたいことは?とカメラを向けながら問う彼女。 「……誠に、申し訳ありませんでした」 ピコン、の音を合図に、フルチン姿を人質に取った動画は俺の震える謝罪で幕を閉じた。 - - - - - - - - - - 萌えとかではないです。 |