肉を切らせて骨を断つ


なんかラブラブしてる付き合ってない沖神。

 この男の手はいつも熱を持っていて、一つ一つのパーツの造作は大味である。その熱はわかりづらい沖田の奥底の情念が滲み出ているようで、神楽は好ましいと思っている。
 骨は細く肉付きも薄いが、刀を持つ手だから皮膚は厚い。真選組のために刀を振るう力強い手なのに、神楽の手にはおっかなびっくり、ガラス細工でも触るように、彼なりに気を遣って触れてくる。
 右手のちょうど真ん中には、手相を断絶するような傷跡がある。それは手の甲から掌に、沖田の薄い手を貫通した傷跡で、神楽の兄がつけたものだ。

「お前、右手捨てたダロ」

 ぽつりと溢した恨み言は、隠れんぼの鬼の声に紛れて消えた。
 右手を封じられるのは織り込み済みだったはずだ。両手が使えないと思わせて、神威が接近したところを、左手で迎え撃ったと言う。
 沖田がつけ神楽が開いた兄の傷は、もう跡形もないはずである。

 公園では子どもたちがせわしなく動き回る。
他人と呼ぶには近すぎて、友達と呼ぶには何か違う、沖田と神楽の距離は、四人がけのベンチの端と端。投げ出された手が触れ合うくらいだ。
 自分の右手を見るたびに、神楽が心を痛めているのを知っていた。初めて手を触れ合わせたのは神楽からで、それはもう慈しむように、右手に残った醜い跡を撫でた。神楽は自分の行動に驚いたようだった。拳と拳をぶつけることはあっても、掌を添わせるようなことはなかったのだ。それは戸惑いを含みながらも存外悪くなかったので、沖田は神楽の手を軽く握った。ほんの少しの関係の変化だった。
 左肩には一番大きな傷跡が残っている。明らかに刀で付けられたものではないそれは、もともと極端に怪我の少ない沖田の身体で一際目立っている。
 神楽とは、まだ手が触れ合うだけの関係である。しかし沖田は手放す気はない。
 いつか見せる時が来たら。えぐられて引き攣れた皮膚を見て、神楽は悲しむだろう。目を逸らすこともせずに、沖田が感じぬ痛みを感じて、辛い思いをするだろう。
 それがとても嫌なのだ。
 少しだけ触れていた、神楽の柔くてぬくい手が、傷跡を覆うように沖田の右手を包んだ。利き手が使えない状態でいるのは嫌いだが、神楽がいるから別に良かった。神楽は沖田の右手になり得る。沖田は神楽の左手になり得る。
 掌を返して、ふた回りは小さい手に指を絡めた。
 いつか見せる時が来たら。見えないくらい抱きしめれば良い。右手の傷跡を神楽の左手が隠すように、左肩の傷跡は神楽の身体で隠せば良い。

「お前って優しいよなァ」

 褒めても少し馬鹿にするように聞こえてしまうのは性分だ。実際、神楽の優しさを、甘さと見ている部分が多少ある。神威が沖田につけた傷は消えない。沖田はその事に何の頓着もしていないけれど、神楽は兄の置き土産を眺めては、泣きそうな顔をする。
 きょうだいは同じ場所から生まれてきた。片割れの行動に共鳴する神楽の気持ちは、少しわかる。だからと言って神威と沖田が戦ったことを、神楽に謝って欲しくない。神楽もそれをわかって黙っている。

 公園のベンチに横並びで、ひっそりと手を握ったまま、目も合わせずお互い前を向いている。神楽は遠くの鳥の群れを眺める。

「お前は優しくないヨ」

 肉を切らせて骨を断つ、なんて。
 甘やかされた末っ子のくせに、自分が大事にされていることを、きちんと考えたりしない。いや、考えているのだろうか。全てわかっているのだとしたら随分タチが悪い。
 沖田は一人で行ってしまうだろう。守りたいものを決めたら、周りがどれだけ止めても叫んでも、顧みたりしないだろう。
 当の沖田はそーかよ、と性格悪く笑っている。
 人の気も知らないで。神楽は沖田の手を掴んで振り上げ、ベンチに叩きつけてやった。
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まあまあ知ってる男を殺しかけたのが自分の兄なの、割と地獄だと思います。
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