運命論 割と初期の沖神。 |
人口着色料を吸って染まったアイスの棒は、その色に反して味がしない。だいぶ前になくなった、グレープ味と言い張るらしい氷菓の香りが微かに残るだけだ。それでもなんだか口寂しくて、ぬるくなった棒を意味もなくしゃぶっていた。蜃気楼を揺らす灼熱のアスファルトを避けて駄菓子屋の軒先にしゃがんでいる。 「意地汚えな」 声の主は一口目のアイスをシャクリと齧った。顔を見るまでもなくわかる。神楽の嫌いな男だ。 「みみっちい真似しねえでハズレ棒はさっさと捨てろィ」 「うっせーアル。市民の血税で勤務中に食うアイスはうまいカヨ」 「超うまい」 見せびらかすように神楽の横に立ち、二口目をシャクリ。アイスはもう半分になって棒の先が見えていた。 「今日はお前の相手する気分じゃないアルヨ」 「こんだけ暑けりゃな。そういやお前日に弱いんだっけ」 「地球が太陽に近すぎるんだヨ」 「ほんとに宇宙から来たんだな」 意外そうに言う沖田が可笑しい。何度も喧嘩しておいて、お互いのことはそんなに知らない。興味もなかった。 あーあー、ベトベトでィ。無駄な応酬の間に沖田のアイスは溶けて、日に焼けた指を伝って土に落ちた。さして嫌そうでもなく、かろうじて形を保つアイスを、上を向いて口に流し込んでいる。 「ハズレ」 ざまあみろと笑ってやるが、沖田は棒を捨てようとしない。 「おい、婆さん!アタリだぜィ」 白いくらいに明るい外に比べてやけに暗い店内から、あいよ、そっから持って行きな、と嗄れた声が聞こえる。 「ここの婆さん、目悪いから確認しねーんだ」 「お前良心をどこに置いてきたアル」 沖田は2本目のアイスを悪びれもせず、霜をまとったスライドドアの冷凍庫から取り出した。また同じ味。 「世の中ってなァ紙一重だぜ。アイスの棒の当たり外れも、おめーが旦那の敵になるも味方になるも、俺が警察になるも人斬りになるも」 「私が銀ちゃんの敵になるはずない」 「でも、おめーは天人だ」 「だから、何ヨ……」 「一昔前にゃ天人は敵だったんだぜ」 意地悪だ。人を傷つける言葉をわざと吐く。 「今は違う」 それだけは確かだった。神楽はかぶき町で暮らしている。白夜叉は万事屋でしかない。 私は、銀ちゃんの味方アル。 もう一度、噛みしめるように言う。 沖田はさっき神楽を馬鹿にしたくせに、食べ終わったアイスのハズレ棒をいつまでも口先で弄び、興味なさそうにへえ、と相槌をうった。 「じゃあ俺も警察だよな」 揶揄っているのか、皮肉っているのか、軸がないようにふわふわとした言葉を吐き、人を馬鹿にして色んなことを煙に巻く沖田の、本音のように思えた、なんとなく。 虚を突かれて黙っていると、そろそろ戻んねーとな、と話しかけているんだか独り言なんだかわからないようなことを呟いたので、勝手に消えろヨ糞ポリ公、と追い払う仕草をすると、沖田はアイスの棒を捨ててさっさと見回りに戻っていった。 目障りだった大きな黒が消えて、アスファルトの照り返しが眩しい。神楽の座る場所はいつの間にか日が射していた。 「……なんだヨ」 わけわかんねーヤツ、と丸い目を揺らす。しばらくゆっくりする気でいたのに、沖田のいなくなった左から照りつける日光が痛い。 - - - - - - - - - - 幸福論に続く。予定。 |