肉の味付け


沖神
※死ネタ、死体損壊


謝礼が弾むとそれはスーパーの切り落とし肉に代わり、食卓に並ぶ。大抵一人数切れの筋張った肉だが、食い出があるので神楽は喜んで食べた。熱い肉の上でバターを溶かし醤油を少しかけると美味しい。白米に合わせるともっと美味しい。
肉は好きである。生きている味がする。生き物を喰らうことは生きる神楽の糧になる。


「兎ってのは草食だと思ってたが」

噛み跡から溢れる血は、赤く筋になって沖田の腕を伝い、指先からポタリポタリと垂れていた。沖田は神楽に噛まれた右腕を、庇うように左手で覆い、恨みがましく通説に則った嫌味を言った。
このラウンドは神楽の勝ちだ。

「私肉好きネ。昨日の夕飯は肉だったアル」

お前の肉はクソ不味いけど。
ヘッドロックをかまされて、上着を脱いでワイシャツの腕をまくった日焼けした腕に、無我夢中で噛み付いた。沖田はしばらく粘っていたが、神楽が顎に力を込めて小さな犬歯が深く食い込んだ時、ようやく腕を緩めた。
沖田の血は温く口内を満たし、腕の熱はまだ唇に残っている。鉄の味は生臭く、鼻腔を抜ける嫌な臭いに神楽は顔をしかめる。ブサイク、と悪態つく沖田も、食いちぎられそうになった腕の痛みに表情を歪めている。歯に纏わる沖田の血を口の中で舐めとり、薄赤くなった唾を吐き捨てた。
沖田の体内を巡るものは不味いがしかし、神楽の好きな肉のように、生きている味を持っていた。

そういうわけで神楽は沖田の血の味を、殴られた痛みと、砂埃に煤けた腕のざらついた感触と、微かな汗の香り、唇に残る熱なんかの記憶と一緒に覚えていた。沖田の中にはいつも、生きた味のする血が潮流を作っているのを知っていた。
こっそりと万事屋を出て来たが、家主は気付いているかもしれない。声をかけられたらやめるつもりであったのに、ここに来るまでに誰にも見つけられなかった。月明かりの綺麗な晩で、病的な光りが庭に面した障子を照らしている。足をかけた縁側が軋むのに緊張しながら、少し立て付けの悪い障子を開けた。布団の中でまんじりともしない沖田の顔は、白い布で覆われている。

「アイマスクには飽きたアルか」

答えない蝋人形の枕元に静かに正座して、吹けば飛ぶような軽い布を静かにどけて、その布と同じく白い顔を露わにした。安らかなお顔ですね、なんて声をかけられたんじゃないだろうか。大したものも残さずにさっさと死んでしまった男は、生き様を貫いて満足そうでもあり、悲しみ慌て混乱する周りを見てほくそ笑んでいるようでもあったが、全ては生者の自己完結的な解釈で真相はわからないのだから、死人に口なしとはよく言ったものだ。
布団の中から冷えて重たい腕を取る。タンパク質の塊に成り下がった刀を振るう腕の、昔につけた噛み跡はもうすっかり消えていた。記憶を辿るように同じ位置に唇をつけるが、今日は沖田に殴られていないし、清められた身体は砂埃でざらついてもいない。汗の香りなどせず、微かな消毒の匂いを纏うだけである。
カリっと、軽く前歯を当てる。唇に残る熱は覚えているのに、沖田の腕はむしろ神楽の熱を吸い取った。
カリ、カリリ、少しずつ力を込める。歯は硬い肉に食い込む。口内にある皮膚に舌を当てると少しの弾力が押し返してきた。
神楽は食らいついた腕を離し、歯に纏わる沖田の血を舐めとった。沖田の血は神楽の口内を満たさない。金の産毛の生えた逞しい腕に滴ることもない。神楽が頑健な歯で開けた穴から僅かに滲み出るだけであった。
神楽が微かな鉄の味に渋面しても、沖田は蝋人形の顔で眠ったまま、悪態を吐くことも痛みに顔を歪めることもなかった。

「随分冷たくて味のない男になったアルな」

沖田からはもう生きている味がしなかった。沖田の中を巡る熱い潮流は、沖田総悟を突き動かすものは、停滞して冷たくなってしまった。
バターでも醤油でも美味くはならないだろうし、熱を失った白磁の肌に一粒だけ落ちた甘塩の涙でも、ダメだろうと予想できた。

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肉の味付けは魂的な。
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