▼ これからの朝の日常風景
朝、歯磨きをしながら昨日の事を思い返す。
幸村君の保護者猿飛さん、政宗君の保護者片倉さん、三成君の保護者大谷さん。
親バカというか過保護というか。有名なお三方だ。
全員未婚者でルックスも良いため(大谷さんは顔を隠しているから分からないけど)、お母さん方から絶大な人気を誇っている。
私も見惚れていた時期があったが、美人は三日で飽きるとの言葉通り、すぐに慣れた覚えがある。
それよりも三人を怒らせてしまった方が問題だ。
子供を誑かしたとなんとも理不尽な理由だが、相手はお客様。失礼な事はあまり言えない。
かといって私も聖人君子ではないし、はいそうですねと笑顔を称えつつも、内心めんどくせぇと毒づく事は多々ある。
昨日はなんとかお帰りいただいたが、今日も明日もと問題は山積みだ。
どう怒りを収めてもらうか。
うがいをしながら考えるもそんな簡単に良い案なぞ浮かばない。
水と一緒に面倒事も吐き出してしまいたい。
彼氏とやり直したと嘘をついて子供達には諦めてもらおう。
そんでもって職場で私的な愚痴を漏らすのも控えよう。
洗顔し、さっぱりとした頭でなんとか解決策を打ち出した。
おはようございます。
元気な声を張り上げ、登園する子供達を迎える。
辺りを見回すが飛び抜けて身長の高い前田君の姿は見当たらない。
……前田君はまた遅刻か。
やる気はあるけど、緊張感がないのが彼の悪いところだ。
園長先生がおおらかな武田先生じゃなければクビになっても可笑しくないよ。
誰よりも大きな声で吠えるように挨拶をする武田先生に呼応するのは幸村君。
当然その後ろには猿飛さんがいて、昨日今日により若干引き気味になる。
そんな私を目敏くも見つけ、幸村君と一緒によってきた。
だがそれよりも素早く銀糸が前を塞いだ。
髪の毛をガチガチに固め、目をギラギラと輝かせた三成君だ。
後ろから息切れしながらも追ってきた大谷さんが見える。お疲れ様です。
「紫乃と挨拶するならまず私の許可を取れ!」
「ハッ、めんどくせぇな。グッモーニン、ハニー?」
「おはようございまする! 今日は大学芋の日でござるな!」
先生って呼んでほしいな、出来れば。
呼び捨ては仕方ないとして、ハニーってリアルで呼ばれるのは恥に鈍感になってきた年でも恥ずかしい。
しかも子供達の後ろから凄まじいプレッシャーが襲いかかってるし。
昨日、子供の言うことですから、すぐに新しい恋に落ちますよと返したら うちの子はそんな軽薄な男ではないと三倍になって返された。
まだ五歳なのだから軽薄も何も無いと思うが、聞き入れてくれるのなら話は簡単だ。
問題児の保護者だけあってこちらもそれ相応の態度を取ってきたつもりだった。
しかしながら色恋の話で拗れるとは誰が予想したか。
少なくとも私は予想していなかったし、今も混乱している。
背中によじ登りながら愛の言葉を囁く政宗君をスルーし、他の子供達に挨拶する。
子供限定のモテ期とは嬉しいような悲しいような虚しいような。
後ろ楯に保護者が居なければ簡単に流せるが、ピリピリと視線が表皮を切り裂く。
昨晩イライラしているところを元カレが訪れ、更に面倒臭いことになったのを思い出してなければ、挫けそう。
怒りが動力源というのも情けない話だが。
「政宗様、ご自重なされよ」
「クールじゃねぇな、小十郎。ぶしゅいな真似すんなよ」
ぶしゅい……。無粋って意味かな。
舌ったらずな言葉が可愛くて思わず笑ったら、片倉さんに思いきり睨まれた。
ひぃ、と悲鳴を飲み込むと、凄い剣幕で捲し立てられる。
「いいか、政宗様は噛んでねぇ! 分かったな。地球が逆転しようが政宗様は全然噛んでねぇ」
「あはは、全然クールじゃないね」
「ストップ! 小十郎も猿も黙ってろ!」
確かに庇われれば庇われる程虚しくなるよね。
今頃になって出勤してきた前田君に挨拶すると、もうこんな時間だとバタバタと片倉さんと猿飛さんは帰っていった。
よじ登ってきた政宗君を肩車し、怒る三成君の頭を撫でて宥めると大谷さんがじ、とこちらを見つめていた。
どうしたのと、いつもの癖で大谷さんの頭まで撫でてしまい、テンパる。
「三成だけでなくわれにまで色仕掛けとはな」
「すみませんすみません! 普段子供と接しているとどうしても癖がついてしまい」
「言い訳はよい。われも仕事があるゆえ帰る。三成、良い子にしておるのだぞ」
よしよしと三成君の頭を撫でると、耳を少し赤くした大谷さんは帰っていった。
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