それは何気ない疑問だった。
どうして城主は城から出るのを嫌がるのか。
深い理由などない。ただ疑問に思っただけだ。
ふと漏れた疑問は城主を心底驚かしたらしく、団子を喉に詰まらせ小太郎に背中をさすってもらう。
その様はまるで年寄りのようだったが、ぜーぜーと荒い息を繰り返す城主は外見など気にする余裕はなかった。
疑問を吐いたかすがも団子を置いて、背中をさする。
三人もいらないだろう。一人団子を食べ続ける佐助は、別に甘党というわけではない。
佐助も疑問に思っていたのだ。
城主が城を出たがらないことを。
熱いお茶でなんとか体を誤魔化し、和茶は苦笑いを浮かべる。
「道具がそれを聞いてどうする」
それは分かりやすい拒絶だった。
和茶は誰彼構わず仲良くするが、誰一人として心を開くことは無かった。
国を心から愛し、人を心から拒絶し。
矛盾していることに気づいていても、正すつもりはない。
言葉を詰まらせるかすがに、佐助は団子を頬張りながら思う。
この人は城主になるべき器ではない。
口には出さずとも、佐助は和茶が自分と同じ人種だと気づいていた。
主の為に命を落とす覚悟はあるが、主を心より慕っているわけではない。
縁側に腰かけ、城主は上手に笑う。
目を細め、口は弧を描いた。誰から見ても笑顔と呼べる代物をはりつけ、城主は忍を突き放した。
「言わんかった? 君らの仕事はわしの命を守ること。
そういう道具なんだ。別の使い方をするつもりはないよー」
「その割には一緒に団子を食べたりするんだね」
「おや、てっきり佐助は傍観に徹すると思っておったが考え違いだったか。
わしに君らが考えていることが分からないように、わしの事を理解してほしいとは思っちゃあおらん。さて、団子のおかわりでもしようか」
女中を呼びつけ、団子のおかわりを要求する城主。
つい先日の事件は嘘のように、女中は笑みを残して消えた。
血で汚れた畳は真新しい物に替えられ、シミ一つ残っていない。
餡がたっぷりと乗った団子を頬張る小太郎についた餡子を布で拭うかすがに、城主も同じように餡を付けて拭うように頼んだ。
佐助も悪乗りしようとするが、流石に一蹴される。
かすがの一方的な怒声を軽い調子でかわす佐助を見ながら、城主は茶を啜った。
片手で書簡の封を切り、武田から届いた文を読む。
中には今回の同盟の件の礼と、武器の要求が書かれていた。
各個蔵の記憶と照らし合わせ、全てあることを確認した。
情報収集の結果、武田と徳川が戦を起こすことが分かった。
お得意先である徳川と、同盟先である武田。
どちらも失いたくない軍だが、それも世の常。
城主は縁側に足を放り出したまま、かすがの膝に頭を置いた。
当然かすがは驚くが、逃げることも拒否することも出来ず、硬直する。
「近場での戦は困るなぁ。こっちまで飛び火が来ないといいんだけど、武器を渡している身じゃ何も言えんのー。
一応戦場近くに住んでいる人間が避難する場所は確保したから、民草に被害が加わることは無いと思うが」
かすがの膝枕を堪能しながらも、民草の事を考える和茶はそれなりに城主を全うしている。それなりに。
城主は長閑な時間を味わいながら、動揺するかすがを笑い、そして眠りについた。
(……足が、痺れた)
(かすが、ふぁいとー)
(……)
_10/36