05
前日の晩から降り続く雨が、地面を濡らす。
ぬかるんでいるであろう地面だろうが気にせず鍛錬するのは、暑苦しい若き虎と、照らされることのない月だ。
雨の音を切り裂くような大声に、ただでさえ機嫌の悪い毛利が、大きく舌打ちをした。
「石田殿いざ尋常に勝負でござるぁあああああ!!!」
「私の邪魔をするな真田ぁあああああ!!!」
「今日は静かで物寂しく感じますね。しょんぼり通り越してどしょんぼり。心はいつでも土砂降りです」
「ジョセフィーヌ三世ちゃんの耳は腐ってるの? めっちゃうるさくない?」
「大谷さんがまだ起きてこないんです。オンリーワンでナンバーワンなフェアリー大谷さん以外の声はさして気になりません。自動的にシャットアウトする機能があればいいなぁと常日頃思っております」
猿飛には理解できない横文字ばかり並べるジョセフィーヌ三世が、実は他国の人間なのではないかと考えられたことがあった。しかし、渡来人であろうがなかろうが、処分しづらいだけで、今の状況が大きく変わることはない。
かといって、素性のわからないものを近くに置くことを嫌がるものは少なくない。誰かジョセフィーヌ三世を知る者がいないか情報を集めるも、有力なものはなにひとつ見つからずにいた。つまり、ジョセフィーヌ三世が語った「いつの間にか居た」という有り得ない説明を、うそだと立証できなかった。
晴れる様子のない空を睨み、話を聞いていた毛利は静かに背を向けた。
「物好きも居たものだな。我も気分が晴れぬ。今日の軍議はなしだ、大谷に伝えろ」
「雨なので毛利さんは休むだろうとおっしゃっていましたよ。完全に見抜かれてますね。そんな嫌そうな顔しても何も感じません。大谷さんに関係ないことは不感症なんです」
「嘘と戯言以外吐けぬのかその口は」
「大谷さんに拾われ、来る日も来る日も鼻血を出し続けた私になんたる言い様。口からだって吐けますよ、血」
「ジョセフィーヌ三世、」
「……本当に出たな、口から」
感心する毛利をよそに、猿飛が素っ頓狂な声をあげる。廊下に血だまりを作るジョセフィーヌ三世は、鼻からは勿論、口からも出血していた。その割に苦しげな表情を見せないのだから、まるで人形のようだと大谷は小さく笑んだ。
「ちょっとー! 誰がこれ掃除すると思ってんの!?
ジョセフィーヌ三世ちゃんも大谷さんに肩叩かれただけで吐血しないでよ!」
「名前呼び+接触の破壊力を舐めないでくださいな。フラグクラッシャーペペロンチーノとは私のことです。猿飛さん、後片付けは任せました」
「あーもう雑巾持ってくるから待ってて。ちゃんと手伝わせるからね」
「ついでに巫に雨がいつ止むのか聞いて参れ」
「俺様パシリにするのやめてくれない!?」
「大谷さん、何か私に用があったのでは?」
「将棋は出来ると言っていたな。われの相手をしやれ」
「おい、また吐血したぞ」
「ヒヒッ、戻ってきた猿飛の顔が見物よ」