03
上半身を仰け反らせ、血反吐が出そうなほど怨嗟の叫び声をあげる石田。
大谷いわく日常であるも、ジョセフィーヌ三世から見れば非日常だ。
大谷以外の事柄は全てどうでもいいとはいえ、大谷の声を遮る怒号は、耳障りであった。
色々と不便すぎる南蛮の鎧ではなく、布で身体を隠すことを決めたジョセフィーヌ三世は、軍議を終えた大谷に声をかける。
「今日も明日とて麗しのマイフェアリー大谷さん、つかぬことをお聞きしてもよろしいですか」
「……なんぞ」
「石田さんがよく絶叫しているイエアスとはどんな呪文ですか」
「家康な。われが最も憎む光よ」
「家康……徳川家康ですか。聞いたことはありますね、確か餅を食べた方だった気がします」
織田がついて、豊臣がこねた天下餅。ジョセフィーヌ三世から見ればとんと興味のない菓子だが、それを巡って日の本が乱れている。
思案するように首を傾けるジョセフィーヌ三世であったが、変わらぬ無表情は、何も考えていないように見えた。大谷は、ため息混じりに庭で絶叫する石田へ一声かけ、ジョセフィーヌには手招きをした。
「ぬしは興味を持たぬものにはとことん疎い。餅と言えば毛利が土産として持ってきたものがあったな。やれ茶でも出してやろ、一緒に食うぞ」
「身に余る幸せにございます。すいません猿飛さん、ちり紙はございますか」
「え今俺様忙し……また鼻血出てるし! なになに、大谷さん今度はどうしたの? 名前呼んだとか?」
「茶に誘っただけよ」
「あーそういうこと。毎日鼻血出してるけどよく倒れないね。ほら、上向いちゃダメだって。喉に流れちゃうから。下向いてー、はい、止まったね」
「ありがとうございます。危うく血まみれの餅を食すところでした。餅の恩人です。天国という名の胃袋に行く予定の餅も喜んでいることでしょう」
丁度通りかかった猿飛は、文句を言いながらも手際が良い。慣れた手つきでジョセフィーヌ三世の鼻血を止め、布で出来たチリ紙入れを手渡した。
「ちり紙ぐらい携帯しておこうね」
「持っていたのですが、朝から大谷さんの笑い声を聞いたことに喜んで全て使いきりました。引き笑いって素敵ですよね」
「ちょ、思い出し鼻血出てる!」
「ヒヒッ、面白い奴よの」
「大谷さん煽らないでー! 凄い勢いで吹き出してる!」
手渡したチリ紙を急いで鼻に詰めさせながら、猿飛は酷い子守を押し付けられたと嘆いた。